よかミカンの三国志入門
夷陵の戦い




はじめての三国志

menu

執筆者:黒田廉

真田昌幸の智謀がキラリと光る!徳川軍を打ち破った伝説の戦い上田城攻防戦

この記事の所要時間: 233




曹操と魏軍と呉軍

 

三国志の時代には少数が大軍を破った戦は多く存在します。

赤壁の戦いは少数が大軍を打ち破った代表的な例だと思います。

日本の戦国時代にも数は少ないですが少人数の兵が大軍を打ち負かした戦いは

いくつか存在しており、今回は真田家と徳川家の戦いである上田城の戦いをご紹介します。

 

真田丸に関する記事一覧:真田丸全記事

関連記事:ここを押さえれば大丈夫!NHK大河ドラマ『真田丸』を100倍楽しむ方法!




激オコ!!真田昌幸

炎 s

 

真田昌幸は徳川に味方して徳川の領土である甲斐(かい)・信濃(しなの)へ

侵入してきた北条軍の補給路を切断して苦しめております。

このため北条軍は大いに苦境に陥ることになるのですが、徳川軍よりも多く兵を連れてきている

北条軍が先に退却することをするわけにはいきませんでした。

また徳川も西の秀吉軍がいつ東海地方へ攻撃を仕掛けてくるかわからない状態でしたので、

あまり長く対陣している訳にはいきませんでした。

こうして北条と徳川それぞれの思惑が合致することになり、和睦することになります。

この和睦の条件として真田領である上野(こうずけ)・沼田城を北条側へ引き渡すことでした。

このことを知った真田昌幸は激オコ。

北条軍が「城を明け渡せ」とやってきても一切無視して城を明け渡すことをしませんでした。

そして徳川家からも「城をあけわたしてくれないか」と相談されます。

昌幸は「沼田城の代わりとなる領土をくれなければどかないから」と言って徳川の要請を拒否。

徳川家康はその後も昌幸に対して城を明け渡すように要請しますが、

昌幸は徳川の使者にすら会うことをしなくなってしまいます。

家康は昌幸の態度を見て沼田引渡しは絶望的であると感じます。

昌幸は家康と手切れになることを考えて再び上杉へ降伏。

彼は降伏の証として次男である信繁(のぶしげ)を上杉家に人質として預けることにします。

こうして昌幸は再び主を変えて徳川・北条の連合軍と対決姿勢を取ることになるのです。




上田城の攻防戦と沼田城攻防戦

 

徳川家康は北条家と連動して上田城へ攻撃を仕掛けることにします。

彼は新築である上田城へ篭城することを決め、同盟者である上杉家に援軍要請を行います。

また叔父である矢沢頼綱(やざわよりつな)に沼田城の守備を任せます。

こうしてできることを全てやった昌幸は徳川軍を待ち受けるます。

徳川家康は大久保忠世(おおくぼただよ)などの諸将に8000人の兵数を与えて上田城へ攻撃を

行わせます。

この戦いは真田軍2000人で徳川軍をこてんぱんにした戦いとして記録されており、

この戦いを上田合戦と呼ばれるようになります。

少数の兵数で大軍を破った代表的な戦いといっていいでしょう。

この戦いに勝利した昌幸は徳川家とその後も小競り合いを行っていきますが、

それらにも勝利して徳川軍を駆逐することに成功します。

また沼田城も叔父である頼綱が北条軍を相手に奮戦して沼田城近辺から北条軍を追い払うことに成功しております。

こうして上田・沼田両城を守り抜いた真田昌幸は上杉景勝に許可を求めることなく

勝手に豊臣秀吉へ臣従することを決めます。

上杉へ行った次男信繁を豊臣の人質として預けることにして。

こうして豊臣の臣下となった昌幸は新たな展望が開かれることになります。

 

戦国史ライター黒田廉の独り言

黒田廉

 

昌幸は自らの領土を守るために幾度も君主を変えていくことになります。

上田城の戦いでは徳川軍の死傷が数千人ほどであったにもかかかわらず、

真田勢の死傷者はほとんどありませんでした。

これほどまでに完璧な勝利を収めたことで昌幸自身も大いに自信がついたことでしょう。

しかし昌幸はおごらず冷静に戦況を見極めて次なる手を打っており、

上杉景勝になんの報告もしないで勝手に豊臣家へ臣従してしまったことです。

景勝は昌幸のやり方に激怒し、豊臣家が天下統一した後も彼は昌幸を許さなかったそうです。

 

参考文献 真田昌幸 柴辻俊六著
真田丸に関する記事一覧:真田丸全記事

 

 

関連記事:いまさら聞けない真田丸って一体何なの?

関連記事:さよなら戦国BASARA!イケメン真田幸村の不細工伝説

 




黒田廉(くろだれん)

黒田廉(くろだれん)

投稿者の記事一覧

横山三国志を読んだことがきっかけで三国志が好きになりました。
その後の日本史・中国史を学びました。
またいろいろな歴史小説を読んでおります。
現在はまっている歴史小説は宮城谷昌光氏の劉邦です。

歴史人物:

張遼、孟嘗君、張作霖など

何か一言:

今年も頑張ってはじさん盛り上げていくにゃー!!

関連記事

  1. 【韓信の恩返し】受けた恩はしっかりと恩で返す器の大きい韓信
  2. 曹操の名言から知る三国志の世界「徒に先の易きを見て、 いまだ当今…
  3. 【衝撃の事実】董允がいたからこそ蜀は滅亡から逃れた!
  4. 孔明と一緒に蜀の政権を支えた熟考型の人材ってどんな人?
  5. 合肥の英雄・張遼も曹操並の人材集めに必死だった!?
  6. 【三国志事件簿】名探偵コナンもお手上げ?二宮の変とは一体どんな事…
  7. 曹操が人材集めに熱中していたのは曹騰(そうとう)の影響だった!?…
  8. 【孫策との絆の強さは周喩以上】孫呉の将軍・太史慈は信義に厚かった…

google検索フォーム

過去記事を検索できます

ピックアップ記事

おすすめ記事

  1. 朝まで三国志 三国志最強のワルは誰だ(笑) 第11部
  2. 今更聞けない!水魚の交わりとは何?三国志に由来する故事成語
  3. 呉範(ごはん)とはどんな人?当たる占いをご所望なら私にお任せください!風占いの達人
  4. 呉の大都督、周瑜の魅力がありあまり過ぎて困る7つの理由
  5. 125話:何で孔明や姜維の北伐は街亭や祁山にこだわったの?
  6. 【三国天武 攻略その3】諸葛孔明?それとも呂布?三国天武に登場する超強力な星7武将ランキング

三國志雑学

“広告募集"

はじめての三国志 書籍情報


著:kawauso 価格480円
※Kindle読み放題対応

ピックアップ記事

おすすめ記事

冊封(さくほう)とはどういう意味?分かりやすく解説 奇人・変人・露出狂?曹操をコケにして歴史に名を刻んだ禰衡(でいこう) 【諸葛亮 vs 織田信長】戦争費用捻出法!あれやこれやの財源探し 劉備暗殺計画|甘露寺の婚儀と錦嚢の計 その1 中国三大悪女に名を連ねた劉邦の妻・呂雉(りょち)とはどんな人?とても怖い実話 諸葛恪(しょかつ かく)ってどんな人?|頭が良すぎて諸葛一族を滅ぼす 姜維は忠臣なのか、それとも愚将か? 魏を裏切った王平と夏候覇は何で蜀で出世できたの?【三国志に学ぶ人生設計】

おすすめ記事

  1. 策で生き続けた賈詡は最終的にどこまで出世したの?
  2. 老荘思想の創設者|老子と荘子の二人を分かりやすく解説してみた
  3. 【軍師連盟】司馬懿は遼東遠征の時なんで大虐殺をしたの?
  4. 見た目で比較してもいいですか?曹操とナポレオン
  5. 【占いで見る三国志】曹魏が倒れることが曹叡の時代に予言されていたってホント!?
  6. 鍾会(しょうかい)ってどんな人?蜀を滅ぼして独立を目指した男
  7. 関羽と張遼の「交流」をピックアップ!三国志演義のサイドストーリーに迫る!後篇
  8. 秦の『人材』を分析!どうして秦が中華統一することができたのか?

はじさん企画

袁術祭り
李傕祭り
帝政ローマ
広告募集
まだ漢王朝で消耗してるの?
HMR
ライフハック
君主論

ビジネス三国志
春秋戦国時代
日常生活
曹操vs信長
架空戦記
ライセンシー
北伐
呂布vs項羽
編集長日記
はじめての三国志TV
“曹操孟徳" “黄巾賊" “赤壁の戦い" “THE一騎打ち" “夷陵の戦い" “kawausoのぼやき記事" “よかミカンのブラック三国志"
“水滸伝"
PAGE TOP