蜀を制圧したばかりの劉備軍をまとめるために孔明が打ち出した二つの方針とは?

2017年2月9日


 

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張松、劉璋

 

益州を攻略したばかりの劉備軍は政権としては不安定なものでした。

その原因は益州を攻略してまだ日が浅かった事と劉璋(りゅうしょう)に属していた家臣団と

劉備軍の家臣団をどのように協力させていくかの方針が固まっていなかったからです。

劉備軍の天才的行政能力を持った諸葛孔明はいくつかの方針を打ち出して、

益州政権を強固なものにしようとします。

 

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監修者

ishihara masamitsu(石原 昌光)kawauso編集長

kawauso 編集長(石原 昌光)

「はじめての三国志」にライターとして参画後、歴史に関する深い知識を活かし活動する編集者・ライター。現在は、日本史から世界史まで幅広いジャンルの記事を1万本以上手がける編集長に。故郷沖縄の歴史に関する勉強会を開催するなどして地域を盛り上げる活動にも精力的に取り組んでいる。FM局FMコザやFMうるまにてラジオパーソナリティを務める他、紙媒体やwebメディアでの掲載多数。大手ゲーム事業の企画立案・監修やセミナーの講師を務めるなど活躍中。

コンテンツ制作責任者

おとぼけ

おとぼけ(田畑 雄貴)

PC関連プロダクトデザイン企業のEC運営を担当。並行してインテリア・雑貨のECを立ち上げ後、2014年2月「GMOインターネット株式会社」を通じて事業売却。その後、「はじめての三国志」を創設。戦略設計から実行までの知見を得るためにBtoBプラットフォーム会社、SEOコンサルティング会社にてWEBディレクターとして従事。現在はコンテンツ制作責任者として「わかるたのしさ」を実感して頂けることを大切にコンテンツ制作を行っている。キーワード設計からコンテンツ編集までを取り仕切るディレクションを担当。


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孔明が出した二つの政策とは

孔明

 

劉備は劉璋を降伏させて、ついに益州を攻略することに成功します。

そして孔明が劉備に示していた天下三分の計がやっと完成することになるのですが、

劉備軍には不安要素がありました。

それは民衆の不安や元劉璋に属していた家臣達と元々いた劉備軍の家臣団達を

どのようにして協力させていくかです。

孔明は益州攻略に成功して皆喜んでいる最中、

喜びに浮かれることなくこの不安要素をどうやって解決すればいいのか考えておりました。

 

孔明の基本方針その1:厳しく法に則って統治を行う

孔明 劉備の剣とハンコ

 

孔明は色々と試行錯誤した結果、劉備に益州統治に際しての二つの方針を示します。

一つ目は益州の民衆達を法でしっかりと統治することです。

劉備は孔明が示した方針に「なぜ厳しく民衆を締め付けなくてはならないのだ」と問いただします。

すると孔明は「劉璋政権は民衆をゆる~く統治していたので、

民衆は君主を敬うことを忘れております。

また君臣の関係もあいまいになっておりましたので、

ここで厳しく取り締まってやらないと曹魏と戦うことが難しくなってしまうでしょう」と

法でしっかりと統治する理由を示します。

劉備は孔明の理由を聞いて納得して二つ目の方針を訊ねます。

 

孔明の基本方針その2:能力あるものを登用する

孔明

 

孔明は二つ目の方針として劉璋に仕えていた益州政権の人材の中から有能な人材をしっかりと

見出してそれなりの地位に付けることを示します。

この二つ目の方針に対しては劉備は何も言わずに孔明の方針に賛成。

こうして孔明が考えた二つの方針に沿って益州統治が開始されることになります。

 

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厳しく法に則って統治した結果・・・・孔明が民衆達から恨まれることに

孔明

 

孔明は劉備の許しを得るとすぐに自らの基本方針に従って統治を開始。

その結果、以前とは違い少しのことでも民衆は厳しく罰せられたことに怒りを感じて、

孔明を恨み始めますが、彼は一切構わず厳しく取り締まっていくことを継続していきます。

劉備の家臣は孔明の締めつけに対して「少し緩めたほうがいいのでは」と提案しますが、

孔明はこの提案を退けて、徹底した法治主義を行っていきます。

この結果初めは孔明を恨んでいた民衆も次第に法治主義に慣れてきたのか、

あまり文句を言うことなく劉備の政権は安定していくことになります。

 

能力あるものを適材適所に配置して行った結果・・・・益州政権は一体となることに

馬良、孔明

 

孔明は民衆や君臣達に法治主義を適用していくと同時に能力ある人物を次々に登用して、

要職につけるとともに適材適所に人材を配置していくことにします。

この結果元劉璋に仕えていた人材達が、

劉備政権をしっかりと自らの政権として自覚するようになります。

孔明の努力の結果劉備政権は一枚岩になり、強固な政権が短期間で誕生することになるのです。

 

三国志ライター黒田レンの独り言

黒田廉さん02a

 

孔明が行った人材登用によって引き上げられた楊洪(ようこう)という人物は、

元々劉璋に仕えていた人物でした。

定軍山の戦いが勃発すると前線の兵力が足りなくなってきます。

そこで孔明は楊洪に「前線に兵力が足りないのですが、どうすればいいと思いますか」と訊ねます。

すると彼は「孔明様。漢中は益州の喉に当たり、

ここを取られてしまえば劉備政権にとって危機的状態に陥るでしょう。

すぐに前線に兵力を送るべきだと考えます。」と進言。

孔明はこの言葉を聞いてすぐに前線に送ると同時に劉備政権が一枚岩になったことを確信します。

元劉璋政権の人材が劉備政権を案じて進言してくれたことが原因です。

こうして孔明の基本方針はある程度の成功を見せるのでした。

 

参考文献 岩波書店 中国人物列伝 井波律子著など

 

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黒田廉(くろだれん)

黒田廉(くろだれん)

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