よかミカンの三国志入門




はじめての三国志

menu

執筆者:黒田廉

【砕けた友情】刎頸の交わりで結ばれた二人の絆にヒビが・・・・

この記事の所要時間: 243




 

刎頸の交わり(ふんけいのまじわり)のことわざが生まれたのは、

廉頗(れんぱ)藺相如(りんそうじょ)が仲たがいから仲直りしたことがきっかけです。

このことわざは共に首をはねられても悔いのないほどの親しい間柄を指す言葉として有名ですが、

楚漢戦争時代にもこの刎頸の交わりを交わした二人がおりました。

その名を張耳(ちょうじ)と陳余(ちんよ)です。

彼らは若い時にこの交わりを交わし、天下にその名を広めることになるのですが、

ある時を境に二人の絆に日々がはいってしまいます。

一体何が原因で、刎頸の交わりを交わした二人の絆に亀裂が入ってしまうことになったのでしょうか。

 

関連記事:今更聞けない!水魚の交わりとは何?三国志に由来する故事成語

関連記事:刎頚の交わりを結んだのに・・・張耳と陳余の数奇な運命




刎頸の交わりを交わす

 

張耳は戦国四君の一人である信陵君(しんりょうくん)の食客となっていた人物です。

彼は信陵君が亡くなってしまうと魏から行方を晦まします。

その後張耳は土地の実力者の娘と結婚することがきっかけとなり、

彼の評判を聞きつけた客が彼の元に駆けつけてきます。

また彼の評判は魏王の耳にも聞こえることになり、彼を官職につけます。

陳余は張耳の評判を聞いて彼の元を訪れ、色々なことを語り合います。

その結果二人は意気投合して仲良くなり、刎頸の交わりを交わすことになります。




陳勝・呉広の反乱に参加

 

二人はその後も仲良く付き合っておりましたが、始皇帝によって魏は滅亡することになります。

この時二人に懸賞金がかけれられることになります。

二人は役人に追われる身となり、逃亡生活が始まります。

その後始皇帝が亡くなるまでこの逃亡生活が続くことになるのですが、始皇帝が亡くなると

陳勝と呉広が秦の過酷な政治に我慢できなくなり、反乱を起こします。

張耳と陳余は陳勝に謁見し、反乱軍に参加を認められると武臣(ぶしん)の配下として、

趙攻略に尽力します。

 

関連記事:陳勝・呉広の乱とは何?秦国を滅ぼすきっかけを作った二人組

関連記事:【春秋戦国時代】秦が15年で滅んだ6つの理由を分かりやすく解説!

 

趙王を立てて秦に抵抗するも…

 

武臣は張耳と陳余らの働きによって趙攻略に成功します。

しかし彼は秦の謀略にはまった配下の者に殺害されてしまいます。

この時張耳と陳余は首都邯鄲から逃げ出すことに成功。

そして二人は趙王の子孫である趙歇(ちょうあつ)を新しい趙王にしてから、

邯鄲より北の信都を首都に定めます。

だが秦の名将である章邯(しょうかん)率いる秦軍がやってくると張耳は趙王と共に信都を捨てて、

鉅鹿城に逃げ込みます。

陳余は張耳と別行動し、兵士を募兵した後包囲された鉅鹿城を救援しに行きます。

だが秦軍の包囲は重厚で陳余は中々攻撃に踏み切ることができませんでした。

こうして数ヵ月の月日が流れてしまいます。

 

陳余を疑う張耳

 

鉅鹿城で篭城している張耳は、

陳余が鉅鹿城近辺に来ているのになぜ秦軍に攻撃を仕掛けないのか不審に思います。

そこで彼は使者を送って秦軍へ攻撃を仕掛けるように陳余を促しますが、

陳余は「秦軍との兵力差が大きため攻撃を仕掛けることに意味がない。」と訴えます。

この言葉を聞いた張耳は激怒して「昔お前と私は刎頚の交わりを契ったのに、

なぜ攻撃を仕掛けて鉅鹿城を助けに来ないのだ。

全滅覚悟で攻撃すれば、秦軍を撃退することが可能なはずである」と再び使者を送ります。

陳余は張耳の使者を迎えると「私が攻撃を仕掛けないのは、鉅鹿城が陥落した後に

あなたの仇を討つためである。だから不要な攻撃を仕掛けないのだ。」と反論。

しかし張耳の使者は陳余に食い下がり「お願いします。

鉅鹿城はあなた様の援軍を待っています。」と再度懇願します。

陳余は使者が執拗なので、少数の兵を分け与えて帰還させます。

こうして刎頚の交わりを交わした二人に溝が出来てしまうことになってしまうのです。

 

春秋戦国ライター黒田レンの独り言

 

今回は刎頚の交わりを交わしたふたりの絆に亀裂が入った時を紹介しました。

張耳からすれば鉅鹿城救援するために兵を募ったのに、近くでグズグズしている陳余に

苛立ってしまってもしょうがないのではないのでしょうか。

また陳余としても仇討ちの為に駐屯しているのではなく、

援軍が到来してから反撃するつもりだったのかもしれません。

しかし一つ言えることは生死の危機に立たされると人は親しい者でも裏切ってしまうことがわかる

前例と言えることがこのふたりを見ているとわかると思います。

次回はこのふたりの絆が決定的に壊れてしまった時をご紹介したいと思います。

「今回の楚漢戦争時代のお話はこれでおしまいにゃ。

次回もまたはじめての三国志でお会いしましょう。」

 

はじめての三国志全記事一覧はこちら

関連記事:国士無双の韓信が滅びるきっかけを作ったのは劉邦のせいだった?

関連記事:【告知】諸葛亮孔明 VS 韓信夢の対決実現!前夜祭の両者インタビュー

 



黒田廉(くろだれん)

黒田廉(くろだれん)

投稿者の記事一覧

横山三国志を読んだことがきっかけで三国志が好きになりました。
その後の日本史・中国史を学びました。
またいろいろな歴史小説を読んでおります。
現在はまっている歴史小説は宮城谷昌光氏の劉邦です。

歴史人物:

張遼、孟嘗君、張作霖など

何か一言:

今年も頑張ってはじさん盛り上げていくにゃー!!

関連記事

  1. 【衝撃の事実】実は三国志には桃園の誓いなんてものは無かった
  2. 【これはひどい】孫皓が天下統一できると勘違いした占いとは?
  3. 夷陵の戦いを回避しようとしていた?孔明に比べて目立たない外交人・…
  4. 趙襄子(ちょうじょうし)とはどんな人?趙を建国し、春秋時代の幕を…
  5. 【優劣対決】戦国武将小早川秀秋 VS 蜀の二代目皇帝劉禅一体どち…
  6. 孫臏の魔術がスゴイ!どの国からも侮られていた斉兵を強兵に変えた改…
  7. 新制度導入はこんなに大変!胡服騎射を導入するために苦労を重ねた武…
  8. 【正史三国志から見る】謀反人にされてしまった魏延は本当に反逆する…

google検索フォーム

過去記事を検索できます

ピックアップ記事

おすすめ記事

  1. 満寵(まんちょう)ってどんな人?曹氏三代に仕え呉の天下統一を阻み続けた司令官
  2. 意外に似ている曹操とナポレオン、英雄対比してみた
  3. 曹操と劉備はどうしてライバル扱いなの?【三国志の素朴な疑問】
  4. 【キングダム526話】馬南慈の体験した地獄の雁門とは?
  5. 【特別企画】kawausoがあなたの夢を叶えます!三国志にタイムスリップしたら何したい?
  6. 【李傕・郭汜祭り 1日目】凶悪!董卓を上回る暴君李傕の履歴書

三國志雑学

“はじめての三国志150万PV" はじめての三国志コミュニティ総合トピック
“広告募集"

はじめての三国志 書籍情報

朝まで三国志 三国志最強のワルは誰だ (桃園出版 三国舎)

著:kawauso 価格480円
※Kindle読み放題対応

ピックアップ記事

おすすめ記事

キングダムネタバレ574話「解放者」レビュー紹介 武田信玄のおびき寄せに乗った哀れな徳川家康 【孔明死後の三国志に詳しくなろう】司馬師打倒の兵をあげた毌丘倹の反乱はなぜ失敗したの? 月刊はじめての三国志2017年8月号 (桃園出版 三国舎)の販売を開始しました 【解煩督】呉にだっているぜ!解煩、敢死、無難、様々な特殊部隊 【これはひどい】孫皓が天下統一できると勘違いした占いとは? 実は大激戦だった!劉備の蜀獲りを地図で見ると意外なこともわかる! 袁術が天下を統一するためにみんなで考えよう【第1回】

おすすめ記事

  1. 楽進を見出した曹操の人物観察力がスゴイ!!
  2. 蜀漢(季漢)後期の歴史をザックリと解説!蜀漢を支えた蒋琬、費禕、姜維が活躍した時代
  3. 孫策・周瑜の断金の交わりを生み出したのは袁術のおかげだった!?
  4. kawauso編集長のぼやきVol.19「隠れ三国志ファン」
  5. 龐統(ほうとう)ってどんな人?孔明とは頭脳以外全て正反対
  6. 三国時代に乱立した皇帝…そもそも皇帝ってどんな人?
  7. 小松帯刀の死因は結核!若くして死んだ総理候補の素顔
  8. なぜか気になる夢占い!曹操も劉備も初夢を占った?古代中国の夢占いと衰退した理由

はじさん企画

袁術祭り
李傕祭り
帝政ローマ
広告募集
まだ漢王朝で消耗してるの?
HMR
ライフハック
君主論

ビジネス三国志
春秋戦国時代
日常生活
曹操vs信長
架空戦記
ライセンシー
北伐
呂布vs項羽
編集長日記
はじめての三国志TV
“曹操孟徳" “黄巾賊" “赤壁の戦い" “THE一騎打ち" “夷陵の戦い" “kawausoのぼやき記事" “よかミカンのブラック三国志"
“水滸伝"
PAGE TOP