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執筆者:黒田廉

徳川家康との対決と信長包囲網構築へ




 

三国志最大の領土となった曹操は各国の群雄から敵対視されており、

蜀の劉備、呉の孫権の二大勢力と戦わなくてはなりませんでした。

日本の戦国時代も最大の勢力を築いた織田信長は包囲網を構築されて非常に苦しい状態を

味わうことになります。

武田信玄も信長と同盟をしておりましたが、自らの夢である京都に武田の旗を立てるべく

織田信長包囲網に参加しておりました。

彼は各国の諸大名と連携して信長を苦しめるとともに駿河以西の遠江(とおとうみ)、

三河攻略へ向けて準備を始めます。

 

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大規模作戦発動

 

武田信玄は三河・遠江を攻略するため、駿河から帰国後準備を行います。

彼はまず別働隊として武田二十四将のひとりである秋山虎繁(あきやまとらしげ)と一門衆である

下條信氏(しもじょうのぶうじ)に命じて東美濃へ攻撃を命じております。

この命令は織田信長に対して威嚇行動としての意味があり、この作戦は大いに成功します。

また信玄はこの別働隊に三河の北部へ侵攻するように命令を出します。

そして信玄は自ら大軍を率いて甲斐(かい)を出て出撃します。




遠江・三河攻略戦

 

信玄は駿河をすぎて遠江へ進撃。

彼は遠江へ行く道すがら遠江の諸豪族へ調略を行い、味方につけております。

そして調略で味方につけることができなかった豪族を討伐しながら進んでいき、

遠江最大の堅城と言われている高天神城(たかてんじんじょう)へ攻撃を仕掛けます。

しかし信玄率いる武田軍の猛攻を高天神城は弾き返します。

この状況を見た信玄はこのまま高天神城で時間を取られることを嫌って三河へ侵攻を開始。

三河では別働隊の働きによって北部が攻略され、信玄に服従することを誓う諸豪族が多数出現。

この状況で信玄はまだ服従をしていない徳川の側の豪族を討伐しながら三河で暴れまわってから

帰国しております。

こうして信玄は遠江の大半を手に入れることに成功するとともに三河の一部も手中に収め、

また美濃にも支配地を拡大しております。

こうして信長との対決姿勢を明らかにしていく最中、京都にいる足利義昭(あしかがよしあき)から

手紙が届きます。

 

信長包囲網構築

 

将軍である足利義昭は京都へ帰還させた信長と当初は仲良くしていましたが、

信長がだんだんと義昭を無視して政略を進めていくことに腹が立ってきます。

彼は信長にバレないように朝倉家や浅井家、京都近隣の諸大名、宗教団体である本願寺などと

連携して信長を討伐するように誘います。

彼は領土などをほとんどなかったので、

将軍様の威光を見せつけることによって各大名と連携を図っていきます。

この作戦は成功して上記の諸大名や本願寺などと

連携して信長を討伐するための連携作戦を実行していきます。

また信玄の元にも義昭から連絡が来ており、彼も信長討伐の包囲網に加わることに決めます。

こうして信玄と信長包囲網が連携を開始することになるのです。

そしてついに信玄は大軍を率いて西上作戦を行うことになります。

このことを知った信長包囲網の各陣営は大いに喜び、信玄の西上を心待ちにしておりました。

 

戦国史ライター黒田レンの独り言

 

武田信玄は西上作戦を実施するにあたって宿敵である上杉謙信に対しても

工作を行っております。

もし信玄が西上作戦で甲斐(かい)・信濃(しなの)をガラ空きにしていた場合、

謙信が攻め込んでくる可能性があったからです。

そこで彼は本願寺に協力を要請して

上杉家の所領となっている越中方面に軍を出陣させることようにお願いします。

この結果謙信は信玄が西上作戦を行っている間、

越中方面の一向一揆衆と戦わなくてはならなかったため、

信玄の領土へ攻撃することができませんでした。

信玄は後顧の憂いをなくして万全の状態で西上作戦を行っていたのです。

 

参考文献 信玄の戦略 柴辻俊六著など

 

 

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黒田廉(くろだれん)

黒田廉(くろだれん)

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横山三国志を読んだことがきっかけで三国志が好きになりました。
その後の日本史・中国史を学びました。
またいろいろな歴史小説を読んでおります。
現在はまっている歴史小説は宮城谷昌光氏の劉邦です。

歴史人物:

張遼、孟嘗君、張作霖など

何か一言:

今年も頑張ってはじさん盛り上げていくにゃー!!

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