編集長日記
北伐

はじめての三国志

menu

三国志の雑学

【はじビアの泉】現在の漢詩は曹操が造った?文化人曹操の功積

この記事の所要時間: 230




 

戦争に強い事と、熱心な人材スカウトがよく取り上げられる曹操(そうそう)ですが、

当人は、それより何より文化人として歴史に名を成したいと思っていました。

「文章は経国の大業にして不朽の盛事なり」とは曹丕(そうひ)の言葉ですが、

たかだか、数百年では消えてなくなる国家よりも、人の世が続く限り永遠に

受け継がれる文学こそ、価値があると曹操も考えていたのです。

そして、曹操は、それまでの漢詩に新しい解釈を与えて刷新しました。

現在、私達が知る漢詩とは基本的に曹操が産み出したものなのです。

 

はじめての三国志:全記事一覧はこちら

関連記事:三国志の英雄たちの詩を調べたら司馬懿ヒドすぎワロタwww




曹操以前の漢詩とはどういうもの?

 

漢詩は、三千数百年の歴史があり、黄河流域で読まれていた民謡がルーツです。

元々はメロディーがあって、後に漢詩がついたもので、日本で言えば、

佐渡おけさとか、会津磐梯(ばんだい)山とかをイメージすればいいでしょう。

 

春秋戦国時代、漢詩は「四言」つまり、一句が四文字でしたが、

漢の時代には「五言」が一般化して、より内容が複雑で豊かになります。

 

当時の漢詩は、自然現象、恋愛、戦争、色々な種類がありますが、

不思議な事に、誰が詠んだものかはまるで分りません。

それもその筈で、当時は庶民から王侯まで、様々な人が漢詩を詠んだのですが、

作者の名を記録するという習慣が無かったのです。

 

そういう性質から、当時の漢詩は優れたモノから素朴なモノまで雑多であり、

面白く自由ではあるのですが、芸術として体系づけられたものではありませんでした。

勢い、それは芸術という括りではなく、メロディーありきの民謡でした。




曹操一派は、漢詩を変革した・・

 

曹操はこれを受けて、まだ芸術品とは呼べない漢詩を拾いあげて改革しました。

まず、曹操が第一に行ったのは、それまで詠み人知らずだった漢詩に

必ず詠んだ人間が署名するように義務づけた事です。

 

これにより、漢詩を比較する事が容易になり競争がしやすくなりました。

これが建安七子と呼ばれた、孔融(こうゆう)陳琳(ちんりん)

王粲(おうさん)のような、芸術家達、曹魏の芸術サロンを

より活発にする為の計らいである事は言うまでもないでしょう。

 

また、詠んだ人間を特定した事で、漢詩に詠み人の考え方や人生観が、

より強く反映されるようになります。

「五言」で表現力が豊かになった事も相まって、そこに個々人の思考の

深みが産まれ漢詩の芸術性がより高まる事になったのです。

 

メロディーを排して漢詩を独立させた曹操

 

もう一つ、曹操が行った重大な改革は漢詩からメロディーを取り去った事です。

それまでの漢詩は即興であり、メロディーが産まれてから漢詩をつけました。

曹操はそれを逆転させて、漢詩だけで芸術が成立するようにしたのです。

もちろん詠みあげる事もありますが、リズムは一定になり多様なメロディーは

無くなる事になります。

 

メロディーと分離された事により、漢詩は静謐な環境で一人でも、

産み出す事が可能になりました。

こうして漢詩は民間を離れ、知識人階層が静かに表現力を競うという

知的な文化に変化していく事になります。

民謡は民謡で存在しますが、元々は不可分だった漢詩はそこから分離し

知識人層が愛好する芸術活動になったのです。

 

三国志ライターkawausoの独り言

 

こうして、漢詩は知識人階層が嗜む芸術へと進化していきました。

それにより民間から切り離されて猥雑な味を失う事にもなりましたが、

表現は研ぎ澄まされて沢山の優れた漢詩が産み出されたのも事実です。

 

そのような意味では、曹操は漢詩を芸術まで高めたパイオニアであり

よく中国史に登場する戦に強い英雄や謀略の達人というようなカテゴリを越えて、

中国芸術界の巨人という、深みを自身に加えているのです。

 

はじめての三国志アンケートはこちら

関連記事:これはみみっちい・・実は手紙をガン見していた曹操の逸話

関連記事:曹操の詩の世界を体験してみよう

 

—古代中国の暮らしぶりがよくわかる—

 




 

kawauso

kawauso

投稿者の記事一覧

三度の飯の次位に歴史が大好き

10歳の頃に横山光輝「三国志」を読んで衝撃を受け
まずは中国歴史オタクになる。
以来、日本史、世界史、中東、欧州など
世界中の歴史に興味を持ち、
時代の幅も紀元前から20世紀までと広い。
最近は故郷沖縄の歴史に中毒中、、

好きな歴史人物:

西郷隆盛、勝海舟、劉邦、韓信、、etc

何か一言:

歴史は現在進行形、常に最新のジャンルです。

関連記事

  1. 101話:曹操魏王に、そして劉備は漢中奪回を目指す
  2. 趙雲子龍は何歳だったの?五虎大将軍の年齢に迫る!
  3. 劉焉(りゅうえん)ってどんな人?益州に独立国を建国した漢
  4. 蒙毅(もうき)ってどんな人?趙高に恨まれて悲劇の最期を迎える文官…
  5. 丞相、校尉、都督……? 三国時代の役職(官職)が分かりづらい!
  6. 羅貫中はケアレスミスをしていた?三国志時代の紙の価値
  7. 地味だけど超大事!三国志の時代の食糧貯蔵庫とはどんなもの?
  8. これは酷い!韓信、あっさりと親友鐘離昧を売る。韓信の性格に難あり…

google検索フォーム

過去記事を検索できます

ピックアップ記事

おすすめ記事

  1. もし関羽が曹操の元に留まり劉備の元に戻らなかったらどうなっていた?
  2. 封神演義(ほうしんえんぎ)って何?殷末の武将たちの戦いをもとに書かれた小説
  3. 88話:劉備を大歓迎する劉璋だが張松の失策で崩壊する
  4. 【歴史を変えた名言】この名言によって歴史は変わった「断じて行えば鬼神もこれを避く」
  5. 三国志時代は拓本だらけでまるでスタンプラリー状態だった?石碑乱立の秘密
  6. 三国志に学ぶ国家絶滅危機:もし日本(国家)がなくなったら、日本人はどうなるの?

三國志雑学

“広告募集"

はじめての三国志の書籍情報

朝まで三国志 三国志最強のワルは誰だ (桃園出版 三国舎)

著:kawauso 価格480円
※Kindle読み放題対応

ピックアップ記事

おすすめ記事

王翦(おうせん)とはどんな人?キングダムでは謎多き将軍だが史実では秦の天下統一に貢献した人物 【キングダムの登場人物の子孫達】東晋時代の王賁の子孫の政治手腕と軍事手腕がヤバイ! 秦の『外交』を分析!どうして秦が中華統一することができたのか? 【ネオ三国志】第9話:呂布の覚醒と劉備軍の降伏【蒼天航路】 張飛に怒鳴られて落馬して死んだ武将、曹丕の粋な計らい等、三国志を彩る変わった武将たち もはや「意地」の領域?田豊・沮授の進言を却下し続ける袁紹が凄すぎる 陸遜は兵法の本質を理解していた戦術家だったの?夷陵の戦いから読み取る陸遜の能力 王翦はどういう性格だったの?キングダムに学ぶつかみづらい男の処世術

おすすめ記事

  1. なぜ劉備は蜀王ではなく小さい土地である漢中王に就任したの?
  2. 諸葛亮孔明、司馬懿仲達、名前はどこで区切るの?
  3. 王翦(おうせん)とはどんな人?キングダムでは謎多き将軍だが史実では秦の天下統一に貢献した人物
  4. 王烈(おうれつ)を知っていたら三国志マニア?名声をもっていながら民衆として生きた名士
  5. 廖化(りょうか)ってどんな人?蜀漢成立~滅亡まで戦い続けた蜀の将軍
  6. 鬼道の使い手である卑弥呼の女王即位と三国志の関係性
  7. 【週間まとめ】はじめての三国志ニュース14記事【5/15〜5/22】
  8. 魯粛に学ぶビジネス三国志!三国志の仕掛け人、魯粛の投資術

はじさん企画

李傕祭り
帝政ローマ
広告募集
HMR
ライフハック
君主論

ビジネス三国志
春秋戦国時代
日常生活
曹操vs信長
架空戦記
ライセンシー
北伐
呂布vs項羽
編集長日記
はじめての三国志TV
PAGE TOP