曹操の同化推進政策がマイノリティ人口問題を引き起こした!?


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ハイ、それでは、三国志の世界をいろいろな角度から掘り下げていく

「ろひもと理穂の三国志・国勢調査」のコーナーです。

 

 

現在のアメリカでは白人の人口が停滞しているのに対して、

マイノリティの人口は増加の一途となって問題になっています。

マイノリティ人口は2004年にはアメリカ住民の32.9%でしたが、

2014年には37.9%にも増加しているのです。

このまま進むと白人の人口をマイノリティの人口が追い抜く日も来るとか!?信じがたい話ですね。

アメリカの国全体の人口増加の95%がマイノリティによるものであるのに対し、

死亡者の80%は白人なのだそうです。白人は減る一方です。

2040年にはマイノリティがアメリカの多数派になります。

もはや別の国といっても過言ではないでしょう。

白人たちがマイノリティ増加の脅威に怯え、

自分たちの将来に絶望してトランプ大統領を頼ったのも仕方ない状況なのかもしれません。

まさか三国志の時代にそんな事件があったとは思えませんが、人種と人口について調べてみましょう。

 

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三国志時代に異民族問題

 

漢民族の脅威になったのは主に北の異民族である「匈奴」でした。

しかし三国志の時代になる前、前後漢の時代にその勢力は大きく削がれます。

代わって台頭してきたのがチベット系民族の「氐族」や「羌族」です。

 

 

さらにモンゴル系民族の「烏丸」、「鮮卑」などになります。

董卓や韓遂、そして馬超などは氐族や羌族と団結して力を高めていきます。

異民族は漢族の同胞となり、時に敵となってきた歴史があるのです。

この時点では、まだ国を揺るがす人口問題は発生していません。


曹操の同化推進政策

 

中原に覇を唱え、河北を制した曹操はどのような対応を異民族に対して施したのでしょうか。

まずは匈奴の於夫羅単于を討ち果たします。烏丸も討伐し平定しました。

鮮卑の首長・軻比能を曹彰の兵で打ち破りました。

積極的に強硬策を用いながら曹操は融和政策も推し進めており、

異民族の内地への移住を積極的に進めていくのです。

このとき、戦乱によって内地は人口減少に悩まされていたのです。

曹操は懐柔した異民族の一部を義従、勇力と称して魏軍に編入し、

異民族の指導者たちに高い教育を施し漢民族との同化を目指します。

魏の辺境は安定していき、内地の人口不足も補完することができました。

さすがは曹操、見事な政治手腕ですね。


曹操の政策の弊害

 

しかし世の中に完璧な政策などありませんよね。

誰かが得をすれば誰かが損をする。それがバランスというものです。

異民族の同化が進み過ぎた結果、魏は現在のアメリカと同じ問題を抱えることになります。

場所によっては漢民族と異民族の人口割合が同じになったり、異民族が多数派になったりしたのです。

国政の主導権が変わっていきます。

あたかもトランプ大統領のように、魏の鄧艾はこの人口問題を重要視し、

異民族を国外に追い出すことを主張しました。

しかし、そこまで危機感を持っていたひとは少なかったようで、

異民族の流入はとどまることはありません。

やがてそれが原因のひとつとなり三国志を統一した晋は滅びます。

異民族が北方を占拠し、五胡十六国の激動の時代を迎えることになります。

時代が進むごとに契丹、女真、蒙古、満州といった異民族もまた北方に侵入と定住を繰り返し、

それが現在の中国を形成していくことになるのです。

 

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三国志ライター ろひもと理穂の独り言

 

人種のバランスというものはコントロールが難しいのですね。

日本で住んでいるとなかなか理解できない話です。

アメリカは中華の歴史のようにこの人種問題によって内側から滅んでいくのかもしれません。

ロシアや中国はじっくりとそれを待っているのかもしれませんね。

果報は寝て待て作戦でしょうか。

 

皆さんはどうお考えですか。

 

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—古代中国の暮らしぶりがよくわかる—

 


 

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