よかミカンの三国志入門
三顧の礼




はじめての三国志

menu

はじめての変

【新事実】天下三分の計を実現させた立役者は魯粛であった




 

諸葛孔明が描いた天下三分の計(てんかさんぶんのけい)。

実はこの戦略は孫呉の二代目大都督に就任した魯粛(ろしゅく)のおかげで、

成立した計略であったことをご存知でしたか。

彼がいなければ天下三分の計はならなかった可能性が高かったかもしれません。

 

はじめての三国志全記事一覧はこちら

関連記事:天才魯粛の生涯!赤壁の勝利は魯粛無しにはあり得なかった?




周喩の構想

 

孫呉は赤壁の戦いの後、周瑜が考えていた方針に従って行動を開始。

周瑜が考えていた方針とは孫呉と曹魏による天下二分の計からの天下統一構想でした。

彼は自ら軍勢を率いて益州の劉璋政権を打倒して益州を占領。

その後漢中を攻略して涼州の馬超(ばちょう)軍ら関中十部軍と手を組んで、

魏の長安めがけて攻撃を開始します。

長安攻略軍が長安へ攻撃を仕掛けている間に江南の孫呉本隊は、

揚州(ようしゅう)・荊州(けいしゅう)から軍勢を北上させて魏軍を攻撃する構想を持っておりました。

この周喩の構想には劉玄徳(りゅうげんとく)は一切参加していません。

しかし周喩が亡くなったことで天下二分の計からの天下統一構想は一時的に頓挫してしまいます。




魯粛が周喩の跡を継ぐ

 

周喩が亡くなると魯粛(ろしゅく)が孫呉の二代目大都督として君臨。

彼は周喩が構想していた天下二分の計をやめるべきであると判断し、

自らが考えていた構想を披露します。

魯粛が考えていた構想とは・・・・天下三分の計です。

彼は一勢力が中華統一して維持していくのは難しいと考えており、

孫呉が江東で皇帝を名乗って一地方を維持していくのが一番いいと考えておりました。

しかし孫呉軍単体で広大な土地と大きな兵力を持っている曹魏と戦うのは難しいと考えます。

そこで彼はある人物に目をつけます。

その人物こそ劉玄徳です。

魯粛は孫呉の同盟者である劉備軍に一時的に荊州を貸し与えて援助し、

他の土地を劉備軍が得ることができた時に荊州を返してもらうようにすればいいと孫権を説得。

孫権も魯粛の進言を聞いて納得。

魯粛はまた孫呉の重臣達や軍部の説得を行いなんとか説得に成功します。

 

孔明の天下三分の計と魯粛が考えた天下三分の計の違いはどこなの

 

孔明は劉備軍の配下になる前、

劉備に天下を三分してその一方を領有することを目標とするべきであると今後の方針を

アドバイスしております。

しかし孔明の天下三分の計はあくまでも目標であり成功するかはわかりません。

だが魯粛が考えた天下三分の計は孫呉勢力が、

曹魏に対してどのように接していけばいいのかを目的としている計略であり、

必ずしも劉備軍を助けるため考えた計略ではありません。

では魯粛は何を目的として天下三分の計を考えたのでしょうか。

それは孫呉が曹魏から受ける圧力を減らすためです。

劉備軍を成長させて曹操軍に対抗する勢力になり、

曹操軍の圧力が劉備軍へ向けば孫呉が曹魏から受ける圧力を減らすことができるからです。

孔明が考えた天下三分の計=劉備軍の今後の目標であり、

魯粛が考えた天下三分の計=孫呉の目的だったことが大きな違いです。

 

魯粛のおかげで天下三分の計が成功する

 

魯粛の外交努力によって孫呉は劉備に荊州を貸し与えることにし、

益州攻略を諦めることにします。

そして劉備軍は孫呉が益州から手を引いたことで益州攻略に乗り出すことができるのです。

劉備軍は益州攻略後、孫呉から荊州返還を催促されることになるのですが、

一時荊州問題がこじれながらも孫呉の言い分を聞いて荊州の半分を割譲することになります。

 

三国志ライター黒田レンの独り言

 

魯粛は周喩が目指した天下二分の計からの天下統一構想路線を取り続けることも可能で、

もしこの周喩からの計略を引き継いでいれば劉備が出る幕はなかったでしょう。

しかし魯粛は周瑜の計略を破棄して自らが思い描いていた天下三分の計を実行に移したことで、

劉備軍が三国志に名を留めることができます。

魯粛のおかげで三国志が出来たといっても過言ではないでしょう。

また曹操は魯粛が構想した天下三分の計を聞いて驚き、

書いていた書類の上に筆を落としてしまうほど秀逸な計略でした。

 

参考文献 SB新書 三国志「その後」の真実 渡邉義浩・仙石知子著など

 

 

■記事の内容に関するお問い合わせ(誤植等のご報告など)はこちら

 

はじめての三国志:全記事一覧はこちら

関連記事:天才魯粛の生涯!赤壁の勝利は魯粛無しにはあり得なかった?

関連記事:ひでえ!!孫権を騙して魏と戦わせた魯粛と周瑜が腹黒過ぎる

 

—古代中国の暮らしぶりがよくわかる—

 




 

黒田廉(くろだれん)

黒田廉(くろだれん)

投稿者の記事一覧

横山三国志を読んだことがきっかけで三国志が好きになりました。
その後の日本史・中国史を学びました。
またいろいろな歴史小説を読んでおります。
現在はまっている歴史小説は宮城谷昌光氏の劉邦です。

歴史人物:

張遼、孟嘗君、張作霖など

何か一言:

今年も頑張ってはじさん盛り上げていくにゃー!!

関連記事

  1. 李儒と三国志 董卓は何で李儒や賈詡がいたのに賈詡を重用しなかったの?
  2. 嫪毐(ろうあい)ってどんな人?男のウェポンで天下に名をとどろかせ…
  3. 【マイナー武将ここがすごい】建安七子・王粲の才能がヤバイってほん…
  4. 「楚」ってどんな国?キングダム戦国七雄を徹底紹介
  5. 後漢王朝の華だった尹夫人の波乱万丈の生涯Part.2
  6. 【余裕をみせすぎて大失態】やっちゃった感が否めない曹操のやらかし…
  7. 【経営者必見】三国志と戦国に学ぶ人を活かす経営術
  8. 荀粲(じゅんさん)とはどんな人?秀才ぞろいの荀彧の七男で、一人の…

google検索フォーム

過去記事を検索できます

ピックアップ記事

  1. はじめての三国志

おすすめ記事

  1. 主人公になるべく登場した男、劉備玄徳
  2. カオスの極み!五胡十六国時代!原因はあの人にあった…
  3. 小栗忠順の最期!なぜ小栗は明治政府に殺されたのか?
  4. 大阪冬の陣では後藤又兵衛はどんな活躍をしたの?
  5. 三国時代のブラックジャック?華佗とはどんな人物?
  6. 124話:曹休、憤死!!石亭の戦いと孫権の即位

三國志雑学

“はじめての三国志150万PV" はじめての三国志コミュニティ総合トピック
“広告募集"

はじめての三国志 書籍情報

朝まで三国志 三国志最強のワルは誰だ (桃園出版 三国舎)

著:kawauso 価格480円
※Kindle読み放題対応

ピックアップ記事

おすすめ記事

大阪冬の陣では後藤又兵衛はどんな活躍をしたの? 蜀馬に乗って戦場を駆け抜ける馬超 【9月の見どころ】9月に公開予定:潼関の戦い特集 【濡須口の戦い】曹操の大失敗!江西を無人にしてしまった愚策とは? 「三国志人物事典」をリリースしました 暗君・劉禅も名君になれた?桓公と景公を教育した宰相・晏嬰と管仲のトップ教育法を用いれば三国一のダメ君主も覇者になれた 【真田丸】高速で関ヶ原の戦いは終わったが、どうして三成と家康が戦うことになったの?『黒田廉の考察』 【衝撃の事実】三国志でよく使われていた弩が日本で流行らなかったのは日本人がガラパゴス脳だったから 魏の曹操孟徳 週刊ビジネス三国志 vo2都合の良い情報はよくよく注意して確認せよ

おすすめ記事

  1. 【正史三国志】呉書を参考に孫権が皇帝へ登るまでの歴史をご紹介
  2. 50話:捨てる神あれば、拾う神、劉備、趙雲と再会
  3. 荀彧の系図を調べてみるととんでもない○○が判明!?
  4. 【三国夢幻演義 龍の少年】深いい解説その5「別離の日」
  5. 聶政(じょうせい)の律儀な性格と自分の顔を削って自刃した刺客の最期
  6. 月刊はじめての三国志2017年12月号 (桃園出版 三国舎)の販売を開始しました
  7. 晋にも五虎将軍が存在した?魏の五将軍に匹敵する晋の名将を紹介
  8. 孤高の天才参謀・竹中半兵衛重治は知略で君主を追い出した!?

はじさん企画

袁術祭り
李傕祭り
帝政ローマ
広告募集
まだ漢王朝で消耗してるの?
HMR
ライフハック
君主論

ビジネス三国志
春秋戦国時代
日常生活
曹操vs信長
架空戦記
ライセンシー
北伐
呂布vs項羽
編集長日記
はじめての三国志TV
“曹操孟徳" “黄巾賊" “赤壁の戦い" “THE一騎打ち" “夷陵の戦い" “kawausoのぼやき記事" “よかミカンのブラック三国志"
“西遊記"

“三国志人物事典"

PAGE TOP