広告募集
北伐

はじめての三国志

menu

執筆者:黒田廉

【センゴク】最前線拠点の城主と調略戦に明け暮れた秀吉のご褒美って何?

この記事の所要時間: 458




 

金ヶ崎の退却戦で武功を立てて織田軍のなかでめきめきと頭角を現していく木下藤吉郎秀吉。

彼は畿内に帰ってくると休む暇なく戦い続けることになります。

秀吉は金ヶ崎から帰ってくると浅井家の武将達へ調略を開始。

彼の調略によって浅井家の堀氏が織田家に寝返ってきます。

信長は彼が寝返ってきたことをきっかけとして、

裏切り者の浅井家を討伐するチャンスが到来したと考え、

浅井家討伐のための軍勢を出陣。

浅井家は織田軍がやってきたことを知ると急いで朝倉家へ援軍を要請することに。

朝倉家は浅井家の要請に応えて援軍を送り、

朝倉・浅井連合軍と織田軍・徳川連合軍が姉川を挟んで対峙することになります。

両軍は姉川(あねがわ)の地で一大合戦を繰り広げ、

この戦いに勝利した織田信長は浅井家の重要拠点である横山城(よこやまじょう)を陥落させ、

浅井家の武将達へ調略を行った勲功を残している木下藤吉郎秀吉に与えることにします。

こうして秀吉は城持ちの武将として出世することになりますが、

浅井家との最前線拠点であったため苦労も多かったそうです。

しかし信長からもらった報酬も莫大な物でした。

 

センゴクを100倍楽しむ全記事一覧はこちら

関連記事:金ケ崎の退却戦ってなに?秀吉の名前が一躍知れ渡ることになる退却戦




城主として君臨する

 

織田信長は盟友・徳川家康(とくがわいえやす)と協力して姉川の戦いで、

朝倉・浅井連合軍を撃破することに成功します。

そして織田軍は姉側近くに有る浅井家の重要拠点である横山城を陥落させます。

信長はこの地を手に入れると木下藤吉郎秀吉に「おみゃ~にこの城をやるから、

しかと励め」と彼にこの城の守将を任命。

こうして秀吉は織田家の中で城持ちの武将として出世を果たすことになります。

しかしこの地は浅井家との最前線であったため、非常に厳しいところでもありました。

さらに秀吉は信長からこの最前線の拠点を守るだけでなく、

浅井家の武将達を取り込むように命令されるのでした。




「今孔明」半兵衛と一緒に浅井家調略を開始

 

秀吉は横山城の城主として信長に命じられるとすぐに浅井家の攻撃に備えるため、

防備を強化することにします。

彼はこの地で浅井家の武将達に調略をおこなって行きますが、

浅井家の武将達へ調略を行っていく際、

「今孔明」と言われたあの人物と一緒に行っていくことになります。

その人物の名前は竹中半兵衛重治(たけなかはんべえしげはる)です。

彼は姉川の合戦前に秀吉の幕僚として参加することになり、

秀吉が横山城の守将として任命されると秀吉の軍師として活躍。

半兵衛は秀吉と一緒に浅井家の武将達へ調略を行っていきます。

二人はある人物に狙いを定めることにします。

その人物とはいったい誰なのでしょうか。

 

関連記事:孤高の天才参謀・竹中半兵衛重治は知略で君主を追い出した!?

関連記事:竹中半兵衛重治と黒田官兵衛はどっちが凄かったの?

 

浅井家の武将の調略に成功

 

横山城の守将として秀吉が就任してから一年が過ぎた頃、

半兵衛と一緒に調略を行ってきた成果が現れてきます。

秀吉と半兵衛の調略によって浅井家の有力武将である宮部継潤(みやべけいじゅん)が

織田家に寝返ってきます。

秀吉と半兵衛は彼を織田家の味方にするため、

浅井家がいかに不利であるかを説いて行きます。

しかし知将で僧侶上がりの宮部継潤は中々彼らの説得に応じませんでした。

そこで秀吉は彼の調略に一つのスパイスを付け加えることにします。

それは自らの甥である秀次(ひでつぐ)を宮部家の養子として入れることを条件にして、

彼を浅井家から織田家へ味方するように説得。

秀吉の誠意ある行動に心を打たれた継潤は彼の説得に応じて、

浅井家から離れることになります。

 

秀吉と半兵衛の調略によって重要拠点を守っていた武将も寝返る

 

秀吉は横山城を拠点にして浅井家の調略を半兵衛と一緒に行っていきます。

二人は宮部継潤を浅井家から切り離すことに成功すると次なる目標として、

浅井家の重要拠点・山本山城(やまもとやまじょう)の城主である

阿閉貞征(あつじさだゆき)を浅井家から切り離すことに成功。

この阿閉貞征を寝返らせたことは、

織田家が浅井家を討伐する際に重要な意味を持つことになります。

阿閉貞征が守っている山本山城は、

小谷城(おたりじょう)の裏側(美濃側から見た場合)にあたり、

小谷城を包囲することになります。

また阿閉貞征は長政の側近であり、

彼が織田家へ寝返ったことで浅井家の家中に大きな衝撃を与えることになるのです。

こうして秀吉と半兵衛による協力しておこなった浅井家の武将への調略は、

大成功するのです。

 

朝倉・浅井の滅亡と秀吉の出世

 

浅井家は山本山城を失ったことにより、

小谷城防衛において致命的なダメージを負うことになります。

信長は山本山城が織田へ寝返ったことを知るとすぐに軍勢を進発させて、

援軍に来ていた朝倉家を攻撃。

信長は朝倉家の軍勢を撃退するとその勢いのまま越前へ攻め入って、

朝倉家を滅亡させてしまいます。

そして信長は越前(えちぜん)からすぐに引き返して浅井家も滅亡させてしまうのです。

秀吉は浅井家の小谷城攻略戦でも活躍。

彼は小谷城内の拠点である京極丸(きょうごくまる)を陥落させることに成功。

小谷城は京極丸が陥落したことによって防衛力が一気に低下することになり、

織田軍は防衛力が低下した小谷城を陥落させることに成功するのです。

信長は小谷城が陥落すると浅井攻略に活躍した秀吉にこの地を与えます。

こうして秀吉は城持ち大名として大出世を果たす事になるのです。

また秀吉はこの時木下の姓を改名することにします。

彼は織田家筆頭家老である柴田勝家(しばたかついえ)と丹羽長秀(にわながひで)の

姓を一文字ずつもらって羽柴(はしば)と名乗ることにします。

こうして秀吉は木下姓を捨てて、

羽柴秀吉(はしばひでよし)として生まれ変わることになります。

 

戦国史ライター黒田レンの独り言

 

秀吉は浅井家との前線拠点である横山城を守りながら、

浅井家に対して軍師として向かい入れた竹中半兵衛と協力して、

調略活動を行っていったことがきっかけで浅井家は滅亡することになります。

しかし秀吉はこの時横山城に付きっきりで駐屯していたわけではありませんでした。

ここからは秀吉の裏話を少し行っていきたいと思います。

秀吉はは横山城の守将を命じられながらも京都へ上洛して、

京都周辺や畿内の行政活動も行っており、非常に多忙な毎日を送っておりました。

秀吉がいない間も浅井家は横山城へ攻撃を仕掛けており、

調略活動も継続的に行われておりましたが、

いったい誰が指揮をしていたのでしょうか。

横山城防衛戦に関して言えば、半兵衛と蜂須賀小六(はちすかころく)、

前野長康(まえのながやす)などの秀吉が美濃(みの)攻略戦で抱えた

武将達が活躍しております。

彼らが力を合わせて浅井軍の攻撃を凌いだからこそ、

横山城は陥落しなかったのでしょう。

また浅井家調略に関しては竹中半兵衛の功績が大きいと思われます。

彼の居城は美濃の菩提山城は近江の国境に近く

浅井家の武将達との関わりもありました。

その為秀吉が京都へ出張へ行っている間は、

彼が浅井家の武将達の調略活動の指揮をとって、

浅井家の武将達へ調略活動を行っていたのではないのでしょうか。

こうした武将達が秀吉の元で活躍していたからこそ、

浅井家の調略活動や浅井家の横山城攻撃に対して凌ぎ切り、

彼が国持大名へと出世することができたことを知っていれば、

日本の戦国史の知識も深みを増すのではないのでしょうか。

 

参考文献 中公新書 信長軍の司令官 谷口克広著など

 

関連記事:楽しみながら戦国時代のエピソードを学べる歴史マンガ3選

関連記事:【センゴク祭り】織田家のトップに就任してから9年の歳月をかけた尾張統一

 

—古代中国の暮らしぶりがよくわかる—

 

 




 

黒田廉(くろだれん)

黒田廉(くろだれん)

投稿者の記事一覧

横山三国志を読んだことがきっかけで三国志が好きになりました。
その後の日本史・中国史を学びました。
またいろいろな歴史小説を読んでおります。
現在はまっている歴史小説は宮城谷昌光氏の劉邦です。

歴史人物:

張遼、孟嘗君、張作霖など

何か一言:

今年も頑張ってはじさん盛り上げていくにゃー!!

関連記事

  1. 秦王政はなんで始皇帝と名乗り始めたの?
  2. 馮煕(ふうき)とはどんな人?曹丕の脅迫に屈しなかった呉の外交官で…
  3. 劉備の蜀攻略戦で活躍したのは武将ばかりではなく、みんな知っている…
  4. 華歆(かきん)とはどんな人?孫呉の英雄達に仕えた文官
  5. 笮融(さくゆう)とはどんな人?中国初仏教群雄として歴史に名を刻ん…
  6. 程昱(ていいく)は曹操の軍師となる前は一体何をやっていたの?
  7. 真紅の衝撃!山県、馬場、内藤、武田騎馬軍団、長篠に散る
  8. 【信長の野望】織田信長は、天皇家を取り込もうとしていた!?

google検索フォーム

過去記事を検索できます

ピックアップ記事

おすすめ記事

  1. 文聘(ぶんぺい)とはどんな人?魏延とも打ち合いをした魏の武将
  2. 三国志時代の兵士の給料と戦死した場合、遺族はどうなってたの?
  3. 十常侍に学ぶ正しい謝罪!真土下座の花道【ビジネス三国志】
  4. 衝撃の事実!赤兎馬の子孫が判明!?
  5. 中国四大美人も完璧ではないのです、欠点もあるんです(汗)
  6. 張良(ちょうりょう)とはどんな人?高祖劉邦の右腕として活躍した天才軍師(3/3)

三國志雑学

“広告募集"

はじめての三国志の書籍情報

朝まで三国志 三国志最強のワルは誰だ (桃園出版 三国舎)

著:kawauso 価格480円
※Kindle読み放題対応

ピックアップ記事

おすすめ記事

赤壁の戦いで孔明が東南の風を吹かしたじゃん?あれマジらしいよ? 【呉が好きな人は見ないで下さい】魏や蜀に負けるものか!俺達は呉の十二神将 曹操のお屋敷はガラスでキラキラだった?西域趣味の曹操が金髪美女とアモーレ・ミ―オ! 命乞いでここまで堕ちるか?関羽に命乞いし全てを失った男・于禁 曹操の魅力とは?武将アンケート同立2位 キングダム(春秋戦国時代)には核兵器は存在した?葵丘の盟とオバマ大統領の広島訪問 周瑜(しゅうゆ)ってどんな人?赤壁の戦いで曹操軍を破った智将軍 【シミルボン】異議ありまくり!三国志の時代の裁判風景

おすすめ記事

  1. 陳勝・呉広の乱とは何?秦国を滅ぼすきっかけを作った二人組
  2. もし関羽が曹操の元に留まり劉備の元に戻らなかったらどうなっていた?
  3. 関羽と張遼の「交流」をピックアップ!三国志演義のサイドストーリーに迫る!前篇
  4. 漫画潰す気か!原作者ブチ切れ必至のキングダムの最後をネタバレ予想!!
  5. 裴潜(はいせん)とはどんな人?鳥丸の反乱を抑え、様々な政策を生み出した裴松之の先祖
  6. 三国志時代の通信手段は何だったの?気になる三国時代の郵便事情
  7. どうして魏は最強なのに、天下を統一できなかったの?
  8. 後漢王朝の華だった尹夫人の波乱万丈の生涯Part.1

はじさん企画

帝政ローマ
広告募集
特別企画


袁術祭り

異民族
諸子百家
春秋戦国時代
日常生活
曹操vs信長
架空戦記
ライセンシー
北伐
呂布vs項羽
編集長日記
はじめての三国志TV
PAGE TOP