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どもりが酷い鄧艾の隠れた才能!優れた農業政策「済河論」を分かりやすく解説

この記事の所要時間: 455




 

鄧艾(とうがい)

蜀討伐の功績を残した人物として三国志を知っている方なら一度は耳にしたことのある

武将だと思います。

しかし彼は幼い頃超が付くほど貧乏な農民出身であったことをご存知でしょうか。

農民出身の鄧艾は魏の役人として仕えた後、

豊かな土地といっぱい作物を育成し収穫するためにはどうすればいいのをテーマに研究。

さらに戦が好きな彼は農業を行う際に土地の視察を行いながら、

ここに兵力を配置したらどうなるのかなどの妄想や仮装戦を行っていたそうです。

こうした努力によってどもりのひどい彼の口から、

次々と優れた進言として提案されていくのです。

今回は鄧艾が努力して作り上げた農業政策についてご紹介したいと思います。

 

はじめての三国志:全記事一覧はこちら

関連記事:曹操軍の食料担当にはなりたくない!!その理由とは?




小さい頃から農業を・・・・

 

鄧艾は荊州出身の人物ですが父を幼くして亡くしてしまい母と二人で暮らしておりました。

そんな中曹操が荊州(けいしゅう)を占領した際、

今後荊州では戦が激しくなると予想した母に連れられて、

汝南(じょなん)に移住することになります。

汝南に移住した鄧艾は子牛を育てる役目を与えれます。

この頃から農業に関心を持ち始めることになります。




どもりがひどいから役職を変えられる

 

鄧艾にはかなり致命的な欠点がありました。

それはどもりがひどいことで何を言っているのか聞き取りづらいところがありました。

このどもりのせいでちょっとひどい目にあいます。

彼は魏に仕えることになり最初は郡の文書を扱う仕事に着く予定でした。

しかしどもりがひどいという理由で文書を扱う仕事に就くことができず、

農業に関する役所で働くことになってしまうのでした。

 

関連記事:漢の時代の役人はこんなに大変!貧乏になると首って本当だったの?

 

妄想しまくっていた鄧艾

 

鄧艾の仕事は農業に携わる仕事であったため土地を見て回ることが多く、

土地を見て自らが軍勢を率いる将軍であった場合どこに兵を駐屯さればいいのか。

どういった地形でありどこに伏兵を設置し、

伏兵がいるのかという事をつぶさに観察して地形を模写したり、

地形を測量して記載していたそうです。

仕事中に妄想ばっかりしているなんてなんてやつなんだ!!と思われるかもしれませんが、

この鄧艾の妄想が彼の将来において非常に役に立つのですが、

周りの同僚たちは彼のこの行動を見て馬鹿にしていたそうです。

 

北伐の真実に迫る

 

司馬仲達にあったことがきっかけで・・・・

 

郡の役人として数年間しっかりと仕事を行っていた鄧艾。

役職も中堅クラスになっていきます。

そんな中、中央政府が置かれている都へ使いに行くように上司から命令を受けます。

鄧艾は都に行って書類を提出した際、司馬仲達(しばちゅうたつ)と会う機会に恵まれます。

司馬仲達は鄧艾に会うと彼と農業や汝南のことについて尋ねます。

鄧艾は都でかなりの実力者として知られている司馬仲達から話しかけられ、

緊張してしまいます。

そのため彼はどもりながらも一生懸命司馬仲達の質問に答えていきます。

司馬仲達は鄧艾のどもりであったため、

何を言っているのか少し聞き取りにくい部分もありましたが、

優れた意見を有している人材であることがわかったため、

都に来るように辞令を出すからすぐに応じる様に命令を受けます。

こうして鄧艾は汝南に帰還すると司馬仲達から都に来るように辞令をもらい、

中書令(ちゅうしょれい)として昇進することになるのです。

 

淮南旅行で得たものとは・・・・

 

鄧艾が司馬仲達の部下となった頃の魏の国内では、

田畑を拡大して農業を奨励して兵糧を貯蓄。

貯蓄した兵糧を使用して孫呉討伐を行おうとする計画が立案されておりました。

司馬仲達は部下となった鄧艾を寿春(じゅしゅん)・陳・項(こう)へ派遣。

鄧艾は司馬仲達の命令に従って、

呉と魏の国境に近い淮南(わいなん)地方を巡る旅をすることになります。

この旅行で鄧艾は「田畑を育成するための必須条件である優れた田畑が、

淮南地方にはいっぱいあるのだが、水を引くことができないでいる。

これでは優れている農地を有していても大きな収穫量を望むことができず、

農作物を育成するために役立てることが難しいであろう。」と

田畑巡察旅行を行いながら自分が巡察した農地の結果をまとめます。

そしてこの優れた田畑を有効に活用して、

最大限の利益を得るにはどうすればいいのかを思案。

そして鄧艾が出した答えは

「そうだ。運河を作って優れている田畑に水を引けばいいのだ。

そうすれば今まで以上に作物を育てることができ、

以前とは比べ物にならないくらいの収穫量を見込むこともできるであろう」と

優れた田畑で最大限の利益を上げる方法を思いつきます。

そして彼はこの運河が必要な理由を記した「済河論」を何日もかけて完成させ、

都へと戻っていくことに。

 

「済河論」を司馬仲達へ提出すると・・・・

 

鄧艾は淮南の田畑視察旅行から帰ってくると

すぐに司馬仲達へ自ら書き記した「済河論」を提出し運河を作る意義を説明します。

そして彼は司馬仲達へ「曹操様は黄巾賊の反乱を鎮定した際、

屯田政策を実施して許(きょ)に兵糧を蓄えたことがきっかけで、

四方の群雄達を次々と討伐していきました。

現状は曹操様が三方の群雄を討伐しため、淮南地方の呉だけが残っている状態です。

しかし曹操様の頃に屹立していた群雄達よりも呉の勢力は大きく、

討伐するためには大きな兵力を動員しなくてはならず、

莫大な費用がかかります。

莫大な費用を抑えるため、陳・蔡(さい)などには優秀な田畑が存在しており、

許近辺の用水をこの地点に流すことになれば多くの作物を収穫できるはずです。

さらにこの地点が呉軍に襲われてめちゃくちゃにされないため、

淮水を境に南から二万、北から三万の軍勢を出してこの農業地帯を守備させれば、

呉も容易にこの地点に軍勢を侵入させることができないと考えております。

こうしてこの陳・蔡地方で作物を育てていけば西方と比較して、

三倍以上の収穫が望むことが調査で判明しました。

この陳・蔡での年間収穫量を予測値で算出した場合、

五百万石以上が兵糧庫に貯蓄できるそうです。

さらに七年~八年ほどこの貯蓄料を維持することができれば、

三千万石以上を貯蓄することができます。

この三千万石ですが、十万の軍勢が五年間呉で軍事活動を維持することのできる量です。

ぜひ私が提案したこの案と先程提出させていただいた「済河論」をご参考にしていただき、

採用して頂ければと思います。」と興奮しながら自分が考えた案を提案。

司馬仲達は鄧艾が兵糧をしっかりと貯蓄できる量と貯蓄した結果、

呉で兵士達が活動できる期間を算出してきたことに感心し、

すぐに彼の案を採用することに。

そして鄧艾が提案したこの農業政策はすぐに実施されることになりますが、

運河が開通するのは鄧艾の進言があってから数年後になります。

しかし彼の提案によって淮南地方の水害は激減し、

呉に遠征に行く際の兵糧の貯蓄がしっかりとなされることになるのです。

こうして淮南地方に大いに貢献することになった鄧艾でした。

 

三国志ライター黒田レンの独り言

 

農業収穫量を考え、この収穫量を元にして軍事行動を考える鄧艾。

彼のおかげで淮南地方は大いに穀物が収穫できるようになり、

幼い頃から農業に携わってきた賜物と言えるのではないのでしょうか。

こうして彼は淮南地方に大いに貢献して

司馬仲達に認められますが異動することになってしまいます。

彼の運命に大きな変化をもたらすことになる蜀との国境に近い西方でした。

彼は郭淮(かくわい)と一緒に侵攻してくる蜀軍、

蜀軍の軍事行動に連動して魏軍に攻撃を仕掛けてくる異民族達と

激闘を繰り広げることになるのです。

 

参考文献 ちくま文芸文庫 正史三国志魏書4 今鷹真・井波律子著など

 

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関連記事:鍾会(しょうかい)は何で反乱を起こしたの?魏のイケメン武将の独立事情

関連記事:姜維が北伐をしなかったら、あるいは北伐を成功させていたら蜀漢は長続きした?

 

—古代中国の暮らしぶりがよくわかる—

 




 

黒田廉(くろだれん)

黒田廉(くろだれん)

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横山三国志を読んだことがきっかけで三国志が好きになりました。
その後の日本史・中国史を学びました。
またいろいろな歴史小説を読んでおります。
現在はまっている歴史小説は宮城谷昌光氏の劉邦です。

歴史人物:

張遼、孟嘗君、張作霖など

何か一言:

今年も頑張ってはじさん盛り上げていくにゃー!!

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