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執筆者:黒田廉

小牧長久手の戦いの勝敗はどうなった?漫画・センゴクから見る小牧長久手の戦い




センゴク一統記(12) (ヤンマガKCスペシャル)

 

織田・徳川連合軍vs羽柴秀吉軍の戦いが行われることになります。

この戦いを小牧・長久手(こまきながくて)の戦いといいます。

秀吉軍は10万の大軍を率いて連合軍の本拠尾張(おわり)へ出陣。

さらに別働隊として尾張の隣国である伊勢へ軍勢を差し向けます。

こうして始まった連合軍と羽柴軍の戦いですが、

緒戦は連合軍が羽柴軍の森長可(もりながよし)率いる軍勢を撃破し、

優勢に戦を進めていくことになります。

しかし羽柴軍は緒戦を連合軍に持ってかれてもビクともせず、

余裕綽々で新たな作戦を始動させる事になります。

秀吉が始動させた新たな作戦とはいったい何なのでしょうか。

そして小牧長久手の戦いはどちらが勝利することになるのでしょうか。

今回は日本の戦国史で今一番注目を集めているマンガ・センゴクから、

この戦いをご紹介していきたいと思います。

 

センゴクを100倍楽しむ全記事一覧はこちら

前回記事:漫画「センゴク」から見る小牧・長久手の戦い前哨戦

関連記事:これぞ日本版・四面楚歌!織田信長はトップに立った時から敵ばかりだった!




秀吉の新たな作戦:「王手飛車取り」作戦とは?

 

秀吉は森長可が織田・徳川連合軍に敗北すると新しい作戦を展開するべく、

思案を行います。

その結果、彼はある作戦を思いつきます。

そして諸将を集めてこの作戦の概要を説明します。

彼が考え付いた作戦は「王手飛車取り」作戦です。

秀吉は徳川軍が小牧山に陣を敷いてこちらと対峙している状態を逆手に取り、

二万の軍勢を分けて池田恒興(いけだつねおき)、堀久太郎(ほりきゅうたろう)、

森長可、羽柴秀次(はしばひでつぐ)の四人に与えます。

その後彼ら四人の武将は徳川家の本拠地である三河(みかわ)へ派遣。

この二万の軍勢が三河目指して突き進むことになれば、

徳川軍は小牧山城から打って出て四人の武将達の迎撃に出向くか、

それとも小牧山を動かずにいるかの二択しかない選べなくなります。

もし徳川軍が二万の軍勢を食い止めることなく進ませれば、

本拠地の三河が危険な状態に陥ることになります。

また徳川軍が出陣してきた場合は、

羽柴軍全軍で徳川軍へ攻撃を仕掛けて一気に勝負を決めてしまおうと考えておりました。

この作戦を秀吉はマンガ・センゴクの作中で「王手(家康)飛車(三河)取り」と

命名しております。

この作戦の正式名称は「中入り」という作戦です。

秀吉は別働隊二万を率いる総大将に羽柴秀次を任命することします。

しかしこの作戦は羽柴秀次が総大将となったことで明暗が分れてしまうのです。




徳川家康の取った行動とは?

 

家康は羽柴軍二万が出陣したことを知ると自ら偵察でて敵情を視察。

どうすればいいか思案した結果、家康は小牧山を捨てる覚悟を固めます。

小牧山城には二万の軍勢がおりましたが、

家康はその内の一万四千を出陣させることにします。

一万五千の軍勢の内訳は家康率いる本隊が九千五百。

榊原康政(さかきばらやすまさ)などの諸将率いる軍勢として四千人ほど。

こうして約一万四千の兵が羽柴軍の別働隊を迎撃するために出陣することになります。

 

家康の第一作戦:池田恒興をおびき寄せろ

 

家康は丹羽(にわ)勢三百を羽柴軍の先鋒隊・池田恒興軍六千にぶつける事にします。

しかし三百人では六千の人数相手に勝つことなど不可能です。

なぜ家康はこのような無謀な戦いを仕掛けさせたのでしょうか。

それは彼が考案した作戦上必要なことでした。

家康は別働隊の軍勢を迎撃するための作戦として、

別働隊の総大将である羽柴秀次を討ち取る作戦を打ち立てます。

彼は羽柴秀次を討ち取るためには連動して動いている

羽柴家の諸将を分断しなくてはならないと考えます。

彼はまず先鋒隊である池田恒興隊、第二陣の森長可隊を羽柴秀次隊から離すため、

彼を動かさなくてはなりませんでした。

そのため家康は丹羽勢三百人を池田恒興をおびき寄せるエサとして、

池田隊に攻撃を仕掛けさせるのでした。

恒興は家康の作戦に乗って、三百人の丹羽勢へ攻撃を開始します。

丹羽勢は池田隊が攻撃を仕掛けてくると急いで逃亡して、

自らが駐屯していた岩崎城へ池田隊をおびき寄せていくことに成功。

池田隊の後ろにいた森軍も一緒に池田隊についていってしまいます。

こうして家康が展開した第一作戦は成功することになります。

 

家康の第二作戦:羽柴秀次へ攻撃を仕掛けろ

 

家康は先鋒隊と第二陣を動かすことに成功すると次なる作戦を展開します。

その作戦は羽柴別働隊の総大将である羽柴秀次軍へ奇襲攻撃を行うことです。

この奇襲部隊を指揮するのは榊原などが率いる四千五百の軍勢です。

彼らは羽柴秀次の本陣近くまで忍び寄ると一斉に喚声をあげて突撃。

秀次の軍勢は奇襲攻撃を受けると思っていなかったので、

大混乱に陥ってしまいます。

秀次はこの攻撃によって大混乱に陥ってしまい、

部下の馬を借り諸将を見捨ててもと来た道へ逃亡してしまうのでした。

榊原率いる奇襲部隊は大成功で終わることになります。

 

堀久太郎の逆襲

 

羽柴秀次の前に陣取っていた堀久太郎は、

秀次の軍勢が徳川の奇襲部隊に襲われたことを知ります。

彼は秀次軍を奇襲した徳川軍を迎撃するために檜ヶ根(ひのきがね)という草原に

陣取って帰ってくる徳川軍を急襲するべく息を殺して待ちます。

そして堀軍は奇襲を終えて帰ってくる徳川軍を草原から見つけると

鉄砲隊の一斉射撃を行います。

こうして堀軍は多数の徳川軍を討ち取ることに成功し、

軍勢を率いて徳川家康の本陣へ攻撃を仕掛けようとします。

そんな時でした。

徳川本陣から勝ち鬨の声が聞こえてきます。

堀久太郎は徳川本陣から聞こえてきた勝ち鬨の喚声を聞いて、

徳川本陣への攻撃をやめて羽柴秀次の後を追って撤退することにします。

さて残って池田隊と森隊はどうするのでしょうか。

 

池田・森隊は連合して徳川軍へ攻撃を開始

 

池田隊と森隊は羽柴秀次が撤退したことを知り驚きます。

しかし彼らは徳川本陣が近くに来ていることを知ると奮起。

連合して徳川家康を討ち取るために陣形を整えて攻撃を開始することにします。

池田軍の前面に出てきたのは、

武田の配下を加えて新しい編成をした井伊直政(いいなおまさ)の赤備え隊でした。

池田隊は勢いに任せて井伊隊を蹴散らしていきます。

森長可は池田隊の勢いのよさを見てすぐに軍勢を徳川本隊へ突撃させます。

 

森長可の討ち死に

 

森長可は家康の本隊目掛けて突撃するとすぐに幾つかの陣営を陥落させていきます。

家康は森長可の突撃が止めることができないと報告されますが、

黙って森長可の突撃を見守っておりました。

その後彼は馬防柵の内側で息を潜めていた鉄砲隊に

森隊へ目掛けて一斉射撃を行うように命令。

この命令を聞いた親衛隊は十分に敵をひきつけてから鉄砲を一斉に発射。

その結果、森長可は家康の親衛隊が放った一撃によって眉間を打ち抜かれて討ち死に。

森長可が亡くなったことによって森隊は瓦解してしまいます。

 

池田恒興の最後

 

池田隊は森長可が討ち死にしたことを知ると急いで長男・元助(もとすけ)

次男・輝政(てるまさ)を呼びつけます。

彼らを呼びつけた恒興は二人に向かって

「元助は今からわしと一緒に家康本陣へ突撃する供をせよ。

輝政は退却して池田家の当主として家名を全うさせよ」と命じます。

輝政は泣きながら父の命令を承知してその場を後にします。

その後恒興と元助は軍勢を率いて徳川軍へ突撃し、

二人とも討ち死にしてしまいます。

こうして徳川軍が大勝利を収めて家康の中入り作戦を瓦解させます。

 

戦国史ライター黒田レンの独り言

 

秀吉は中入り作戦を実行した後、小牧山へ向けて出陣しますが、

別働隊が敗北したことがきっかけで撤退。

その後両軍は激しい合戦を行うことなく時が過ぎていきます。

そんな中、秀吉は織田信雄に調略の手を伸ばしていき、

織田家当主・信雄は秀吉の誘いに乗って家康に無断で羽柴秀吉と和睦を行ってしまいます。

家康は信雄と秀吉が和睦したことを知ると驚いて悔しがりますが、

小牧山城を撤退して三河へと帰還することになるのです。

戦術面では家康の圧勝でしたが、政略面では秀吉が勝利を得ることになり

最終的に痛みわけでこの小牧長久手の戦いは終幕することになります。

 

参考文献 講談社 センゴク統一記 宮下秀樹著など

 

関連記事:楽しみながら戦国時代のエピソードを学べる歴史マンガ3選

関連記事:【センゴク祭り】織田家のトップに就任してから9年の歳月をかけた尾張統一

 

—古代中国の暮らしぶりがよくわかる—

 




 

黒田廉(くろだれん)

黒田廉(くろだれん)

投稿者の記事一覧

横山三国志を読んだことがきっかけで三国志が好きになりました。
その後の日本史・中国史を学びました。
またいろいろな歴史小説を読んでおります。
現在はまっている歴史小説は宮城谷昌光氏の劉邦です。

歴史人物:

張遼、孟嘗君、張作霖など

何か一言:

今年も頑張ってはじさん盛り上げていくにゃー!!

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