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邪馬台国のラストエンペラーの正体を探る!仕組まれた神武東征?!




コーノ・ヒロ

 

こんにちは。コーノヒロです。

前回までは邪馬台国(やまたいこく)を滅亡に導いた、「生駒(いこま)の戦い」や「桜井(さくらい)の戦い」に注目しました。

今回からは、その邪馬台国の最期の王(ラストエンペラー)になった(という説もある)

ニギハヤヒノミコト(饒速日命)についてお話をしていきたいと思います。

どうぞお付き合いください。

 

日本古代史を分かりやすく解説「邪馬台国入門

関連記事:邪馬台国最期の戦い(前編)神武東征と生駒の死闘

関連記事:邪馬台国最期の戦い(後編)邪馬台国滅亡と神武降臨(神武天皇)

 

 

ニギハヤヒは、何故、邪馬台国を裏切った?!

 

邪馬台国のラストエンペラーこと、ニギハヤヒですが、

前回でお話したように、「桜井の戦い」において邪馬台国軍を実質的に率いていた

ナガスネヒコ大将軍を殺害し、カムヤマトに帰順しました。

そして、日本書紀からニギハヤヒは物部氏(もののべし)の祖先であったことが判明しました。

ということは、飛鳥時代の物部守屋の祖先ということですね。

神道派(しんどうは)だった物部氏が、邪馬台国の血統だということであれば頷けますね。

 

しかし、なぜ、邪馬台国の王だったニギハヤヒは、

最期の桜井の戦いで、急展開であっさりと大和朝廷のカムヤマトに帰順したのでしょうか?

しかも、ナガスネヒコを殺してまで。

そもそも、邪馬台国側が優勢だったにもかかわらずです。

劣勢だったらまだしも。

 

これは何か裏がありそうですね。

いろいろと調べてみましたよ。

 

 

邪馬台国王族の子孫の物部氏が、なぜ大和朝廷で活躍できたのか?

物部氏

 

それでは、話を続けます。

さらなる疑問点として浮かび上がるのはニギハヤヒはカムヤマトに帰順した後、

何故、その子孫は、物部氏として大和朝廷の重臣として活躍できたのか?ということです。

 

そもそも敵方の総大将だった訳ですよね。

有能な将軍を抹殺したから?

カムヤマトの親族だったから?

それだと、えこひいきではないかと思えてきますね?

 

例えば、明治維新後の新政府で、徳川慶喜(とくがわよしのぶ)が大臣に就任しているようなものですよね。

 

桜井の戦いの前哨戦(ぜんしょうせん)などでは、ミチオミノミコトの方が活躍していたのに?

最後にいいところだけ持っていった、ニギハヤヒは胡散臭(うさんくさ)くないですか?

ということなのです。

 

そんな疑念をもちながら、ニギハヤヒの正体について調べていると、

いろいろと分かってきました。

それは同時に物部氏についても調べることにもなりました。

 

日本古代史を分かりやすく解説「邪馬台国入門はじめての邪馬台国

 

瀬戸内海の王 ニギハヤヒ?!

ニギハヤヒ

 

ニギハヤヒの正体を調べるにあたり、神話性の強いニギハヤヒ自身について調べるよりも、

歴史上の実在した人物とされる子孫の物部氏の方が真実に迫れると思い

物部氏について調べてみました。

 

そうすると次のような注目すべき事実が浮かび上がってきたのです。

それは、物部氏が拠点していたとされる場所です。

 

吉備(きび)(岡山)、伊予(いよ)の大三島の大山祇(おおやまぎ)神社(愛媛県今治市)、

津の国の三島鴨神社(みしまかもじんじゃ)(大阪高槻市三島江)、三嶋大社(静岡県三島市)

 

つまり、瀬戸内海から畿内、そして東海にかけての海沿い

(古代においての海沿い)の拠点を抑えているということです。

そうすると「神武東征(じんむとうせい)」の時期は邪馬台国がありましたから、

それらは、王であるニギハヤヒの領地だったと考えられないでしょうか?

 

ここでおさらいです。

前回の「神武東征」についてのお話では、カムヤマト(神武)一行が日向を発ち、

九州から瀬戸内海を移動し、畿内に入り、大阪湾の入江(枚方〜日下にかけて)から上陸して、

生駒山でナガスネヒコの軍勢に抵抗を受けるまで、大した抵抗を受けることなく、

むしろ歓待され、援軍、つまり兵力増強しながら、移動している事実がありました。

邪馬台国・地図

 

妙だと感じないでしょうか?

畿内に入るまで、事が上手く運びすぎていないでしょうか?

 

九州での移動は、カムヤマト勢力に近いですから、分かるとして、

瀬戸内海の領域まで、すでにカムヤマト勢力の手に落ちていたかのような、

事の上手い運び具合なのが不思議ではないですか?

 

この事実に加えて、ニギハヤヒの一族(物部氏)が

瀬戸内海地域を抑えていただろうという説が浮上したのです。

これらの事を合わせて考えてみます。

 

まず、神武東征のとき、瀬戸内海は邪馬台国の王のニギハヤヒトの直轄領のような状況でした。

そして、その瀬戸内海というところは、穏やかな海との印象が強いですが、

潮流が激しい箇所が数多くあります。

 

鳴門(なると)のうず潮が一番有名ですが、あそこは、今や一大観光スポットとなっていますが、

昔、特に古代などに、素人が木造の小規模の帆船や手漕ぎの舟で航行しようものなら、

あっという間に奈落の底に呑み込まれる、魔の潮流だったでしょう。

他にも、現在の「しまなみ海道」(愛媛県今治市〜広島県尾道市)あたりの潮流も激しく、

小規模から中規模のうず潮が見られます。

 

それらの地域を、ニギハヤヒが抑えていたのですが、

それはつまり、その海域の海の民も抑えていたということでしょう。

 

中でも、伊予国(愛媛県)の大三島のある海域は、古代では、越智(おち)水軍、

中世では、河野水軍や村上水軍(あるいは「村上海賊」)と呼ばれた、

日本中に名を轟かせた海の民が占拠していました。

 

それは、彼らの高度な航行術なくして、

その海域を移動することは困難な魔の海域だったと言えるのです。

そして、そんな魔の海域の移動には、海の民の協力が不可欠でした。

カムヤマトも協力を得たはずです。

 

 

ということは、統治者の邪馬台国のニギハヤヒ一族にも協力を得たということでしょう。

まさか、統治者のニギハヤヒに内緒に、海の民に賄賂(わいろ)か何かを掴ませて、

数千人にも増えていただろうカムヤマト一行が、密かに瀬戸内海は航行できないでしょう。

すぐにバレるでしょう。

 

これは、やはり、ニギハヤヒノミコトとカムヤマトが

初めから呼応していたと考えられないでしょうか?

ということなのです。

 

ニギハヤヒはカムヤマト(神武)を利用した?!

 

それで、見えてきたのは、ニギハヤヒの野望です

つまり、カムヤマトに東征させて、ナガスネヒコを討伐させることが

目的だったのではないかということです。

しかし、それだけでは終わりません。その先はといいますと、

大和地域の実権は、カムヤマトに禅譲(ぜんじょう)して、ニギハヤヒ自身や一族は、

瀬戸内海の制海権を手に入れるということだったのです。

 

飛行機のない時代までは、海を制するものが天下を制するとも言われていました。

海を移動できれば、世界中を回れました。

海が、人も物も金も運んでいたのです。

 

特に、比較的波風が穏やかな海は、海上交通の要として重宝されました。

ヨーロッパの地中海を始めアフリカの紅海もそうでしょうし

日本の瀬戸内海も然りでしょう。

 

瀬戸内海の制海権を得れば、大和から九州への移動は

無料パスを得ていると言えるほど、自由に往来ができます。

そして、その先は、朝鮮半島や中国大陸につながるのです。

それは、大陸からの渡ってくるモノ(形のある物や形のない物、さらに者も)を

身近に留めることができるということです。

突き詰めれば、富を独占できるのです。

ニギハヤヒの狙い

 

ニギハヤヒの狙いはそこだったのでしょう!

大和の支配権をカムヤマトに譲り、ニギハヤヒ自身は、瀬戸内海の富を独占する。

そのため、ニギハヤヒはカムヤマトとは内通していたのです!

ニギハヤヒにとっては、邪魔なナガスネヒコをカムヤマトに討たせて、

その見返りに大和の土地を譲り渡すこと。

そう考えられないでしょうか?

 

ただ、それでは、なぜ、第一次の大和朝廷と邪馬台国戦争であった「生駒の戦い」で

カムヤマト方は大敗させられたのでしょうか?

内通していたのなら、初めから、ナガスネヒコを挟み撃ちなどで討伐できたはずです。

 

 

古代史ライターコーノヒロの独り言

古代史ライターコーノヒロの独り言

 

また新たな謎が出てきましたね。

次回は、この謎を含めた「神武東征」の黒幕ニギハヤヒの野望や

カムヤマト(神武)の思惑についてもう少し深く探っていきたいと思います。

お楽しみに。

 

<参考資料>

 

◆『出雲と大和 ― 古代国家の原像をたずねて ―』村井康彦著(岩波新書)

 

◆『消えた海洋王国 吉備物部一族の正体 古代史謎解き紀行』関裕二 著(新潮文庫)

 

◆『ニギハヤヒ 増補新版 /「先代旧事本紀」から探る物部氏の祖神』戸矢学 著(河出書房)

 

◆『日本書紀 上(全現代語訳)』

宇治谷孟 著(講談社学術文庫)

 

◆『新訂 古事記』

(角川ソフィア文庫)

 

◆『「古事記」の謎 ― 神話が語る日本秘史 ―』

邦光史郎著(祥伝社黄金文庫)

 

関連記事:邪馬台国滅亡の謎に迫る!なぜ滅びたの?

関連記事:【衝撃の事実】邪馬台国の重臣・難升米(なしめ)の子孫が大和朝廷の重臣だった?

 

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コーノ・ヒロ

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