魏延と馬岱は孔明を恨んでいた「怨トモ」だった!?


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選ばれる魏延

 

五虎将軍亡き後、

蜀軍の軍人の中でトップだった魏延(ぎえん)

 

魏延は諸葛孔明(しょかつこうめい)が催した北伐戦に必ず参加し、

幾度も功績を挙げますが、

諸葛孔明から嫌われていました。

 

魏延もある事件を境に孔明の事が嫌いになり、

孔明に恨みを持ち始めます。

そしてもうひとり孔明を恨んでいる人がいました。

それは馬超(ばちょう)の従兄弟・馬岱(ばたい)です。

 

馬岱もある事件を境に孔明に恨みを持ち、

孔明の事を嫌っている魏延に近づき、

孔明を怨む「(えん)トモ」として仲良くなっていくのです。

 

今回はこのふたりがどうして孔明を怨み、

怨トモとして付き合うことになったのか紹介したいと思います。

 

はじめての三国志:全記事一覧はこちら

関連記事:馬岱(ばたい)ってどんな人?実は記録がほとんどない馬超のイトコ

関連記事:どうして魏延は叛いた?外様将軍の悲劇

 


 

「臆病者」と思っていた魏延

「臆病者」と思っていた魏延

 

魏延は蜀の五虎将軍達亡き後、

大将軍の位を授かり軍の中でもトップの武将でした。

そのため魏延は孔明の北伐戦にはいつも従軍することになります。

 

魏延はある北伐戦の時、

孔明へ「私に兵士を五千人ほどさずけてくれれば長安を攻略することができるでしょう。

長安の守備を任されているのは夏侯楙(かこうぼう)で私が長安を攻撃すれば恐れて逃亡するでしょう。

奴が居なくなれば長安を攻略するのはとっても簡単な事です。

いかがでしょうか。」と進言します。

 

しかし孔明は魏延の作戦を

危険だからやめとこう

と言って採用しませんでした。

 

そのため魏延は孔明を臆病者だと腹の底で思い、

この時から恨みを抱くことになります。

 


 

孔明に怒りをぶつけた魏延!!

孔明に怒りをぶつけた魏延

 

魏延が孔明に対してどれだけ怨みを持っていたか

三国志演義李卓吾本(さんごくしえんぎりたくごほん)のエピソードから見てみたいと思います。

 

その後魏延は葫蘆谷(ころこく)司馬懿(しばい)をおびき寄せる任務を孔明から授かり、

司馬懿を葫蘆谷におびき寄せることに成功します。

 

孔明は魏延を以前から禍を呼び込む人物だと思っていたらしく、

彼をこの地で司馬懿もろとも焼き殺そうと決意。

そして孔明は魏延が葫蘆谷にいるにも関わらず火計を発動し、

魏延と司馬懿両方を殺害しようとします。

 

しかし孔明の作戦は大雨が降ってきたせいで火計は失敗に終わり、

司馬懿は逃走し、魏延も助かるのでした。

 

魏延は火計で自らを殺そうとした孔明に怒り、

孔明の元へ向かい怒りを爆発させますが、

孔明がある武将に罪をなすりつけた事で、

魏延の怒りが収まりその場は何事もなく済むことになります。

 

しかし魏延はこの時の出来事により孔明に怒りと恨みを深く持つことになります

 

【蜀のマイナー武将列伝】
魏のマイナー武将列伝


 

孔明を怨む「怨トモ」として魏延の配下へ

魏延の配下へ

 

さて上記で孔明はある武将に罪をなすりつけた事で

魏延怒りを静めることに成功しますが、

この時孔明に罪をなすりつけられた将軍はいったい誰なのでしょう。

 

この武将こそこの記事のタイトルにもなっている馬岱です

 

馬岱は孔明の命令に従って葫蘆谷で火計を実行。

しかし雨が降ったせいで司馬懿と魏延を殺し損ねてしまい、

孔明から魏延を殺害しようと企んだ実行犯として罪を擦り付けられてしまうのです。

 

かわいそうな馬岱は刑罰を受けることになり、

魏延の配下として加えられることに。

馬岱は魏延の配下となると

孔明を怨んでいた魏延と意気投合することになり「怨トモ」となるのです。


  

 

 

三国志ライター黒田レンの独り言

三国志ライター黒田レンの独り言

 

さて今回は魏延と馬岱が孔明を怨んでいるという切り口から記事を書いてみました。

魏延は孔明に恨みを持っていたと正史や演義で書かれている事から、

多分怨みを持っていたのでしょう。

 

しかし馬岱は孔明に怨みを持っていたのかどうかは定かでありません

(個人的にはいきなり罪をなすりつけられたら恨んでも仕方がないかなとは思いますけど)。

 

また魏延を殺害した馬岱ですが、

孔明の密命によって魏延を殺害したのであり、

彼に悪感情を抱いていたのかもわかりません。

 

魏延は配下をしっかりと養成していたと正史に記載があるので、

魏延の配下として加わった馬岱が魏延に悪感情を抱いていたのか少し疑問が残ります。

もしかしたら魏延と馬岱には悪感情などなく、

意気投合していた可能性も捨てきれず、

上司と部下としてはぴったりな二人だったのかもしれません。

 

参考文献 【ちくま学芸文庫 正史三国志蜀書】等

 

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