名もなき雑兵が語る戦国のリアル【雑兵物語】



 

応仁の乱 wikipedia

画像:応仁の乱 wikipedia

 

戦国時代の記録というと、大体が文語体で○○で御座候みたいに締められます。

これだとかなり古色蒼然(こしょくそうぜん)としていて、何だか親しみづらい雰囲気がありますね。

ところが、江戸時代の前期、戦争を知らない世代に対して名もなき奉公人の目線でリアルな戦場を解説した雑兵物語という本もあります。

雑兵物語に出てくるのは田舎言葉丸出しのリアルな口語文で戦場の様子がありありと目に浮かんで来るようなのです。

 

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又草草履の嘉助の戦場レポート

 

嘉助(かすけ)は、又草草履(またくさぞうり)という奉公人で主人の騎馬武者に従い、ある戦場に出ています。

合戦では、まず鉄砲の勝負、次に弓矢の勝負が始まります。

徐々に射程距離の短い武器の戦いになり、間合いが詰まっていく様子が語られます。

以下は嘉助の言葉

まず、敵味方互いに目付け(照準)出すやいなや、鉄砲の勝負が始まると

節分の豆をまくとおり、玉がはらめいてくると思えば、また弓の勝負が始まって

箸を投げ出すごとく矢と飛んでくるは、別はない

 

節分の豆をまくとおり、玉がはらめいている、箸を投げ出すごとく矢がとんでくる

嘉助の目線から見た戦いの前哨戦が描かれています。

※はらめいているとは、パラパラと音を立てるの意味だそうです。

 

 

嘉助、主人に援護を申し出るも叱られる

 

さて、十分に間合いが詰まると、いよいよ騎馬武者同士の一騎打ちが始まります。

嘉助の主人の武士は、所持した鉄砲を嘉助に預け、腰に下げておくように命じて自身は鎗を取って敵に向かっていきます。

 

以下は嘉助の感想

 

互いにおっつめたところで、旦那が言いなさったは、この鉄砲を腰にひっつぱさめ

一番鎗を合わせべい、と云いなさったところで、左候はばわっち(私)めが

鉄砲鎗脇をおっつめ申すべい、玉薬(たまぐすり)(弾薬)を一はじき分くだされと述べたれば、

おのれが鎗脇は推参(すいさん)(でしゃばり)なやつだとて血目玉を出して叱りなさったにより、

是非なく見物してねまったれば、一番の鎗ががっちと合うと、

とうとうその敵を則突き殺し首を取りなさった。

 

嘉助は、鉄砲鎗脇(てっぽうやりわき)を願い出ていますが、でしゃばるなと大目玉を喰らっています。

ちなみに鉄砲鎗脇は、騎兵である主人に背後から近づく敵の雑兵を狙撃して排除するという役割ですが、本来、このような役割は

若党のような奉公人に限られ嘉助のような草履取りレベルの小者がやろうとすると叱られたそうです。

 

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嘉助 主を狙う雑兵を仕留める

 

叱られた嘉助は、しぶしぶ戦見物を決め込みますが、結局、主人を狙う敵を鉄砲で討ち取り手柄を立てています。

 

以下は嘉助の言葉

 

おれもすけべい(すまい)と思ったが、いやいや旦那が敵の十人、廿人(にじゅうにん)

しかねる(仕留める)程な人でないと思って、わざとかまわないで

万一旦那に打って来る奴が有んべいならばそ奴をこの鉄砲ではるべいとおもって

昼寝したごとく目をひっぷさいでねまりいたれば、敵が一疋(いっぴき)旦那を打つべいとて、

妙丹柿(みょうたんがき)()んだごとくな砂鉢の男が刀を抜いて来る所で、狙いすまして

この鉄砲を以て撃ったれば仕合せと妙丹柿へまず目当てをぶちこんで、

即座に妙丹柿が成仏したところで、その柿のへたよりもぎりて取った。

 

主人に叱られた嘉助は、言われた通りに黙ってみていようかと思いますが、主人の腕では、十人や二十人は討ち取れないと、

特に抗弁もせずに眠った振りをして主人に近づく敵を撃とうと目をつむっていると柿のように赤い顔をした砂鉢兜(すなばちかぶと)の男が刀を抜いて近づいたので、

鉄砲で狙撃して射殺し、その首を取ったとしています。

 

旦那の腕前を大した事ないと見積もっていたり、敵兵の様相を砂鉢のようなザラザラした質感の兜を被った妙丹柿のような赤い顔のヤツと

表現した所に、戦慣れした嘉助の様子が見えます。

首を獲って欲を出した嘉助は、さらに鉄砲で敵を狙いますが、注意力を欠いて流れ矢にあたり負傷したそうです。

 

戦国時代ライターkawauso編集長の独り言

 

雑兵物語は、1673年から1684年頃に成立した書物で川越藩主だった松平信綱(まつだいらのぶつな)の子松平信輿(のぶおき)の作品とも、関ケ原や大阪の陣に参戦した

小幡景憲(おばたかげのり)の作とも言われます。

登場する三十名の雑兵は実在せず、実戦を経験した老兵の昔話や小幡景憲の場合には自身の経験を書いた可能性が高いです。

その意味では、バーチャルではありながら戦場のリアルを兵士の目線から伝える一級の戦国史料と言えるでしょう。

 

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