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明智光秀はどんな顔をしていたのか?イケメン男子だったの?

明智光秀 麒麟がくる



燃える本能寺

 

主君、織田信長(おだのぶなが)を討ったとして悪逆な武将と言う悪名を背負った明智光秀(あけちみつひで)

さぞかし、残忍狡猾な顔をしていたかと思いきや、現在まで伝わる肖像画の光秀はいかにも線が細く、文化を愛好しそうな

若き貴公子というイメージです。

そのような事から、江戸時代には暴君信長に虐められた光秀がそれに耐えられずに私怨から信長を討ったという言説が説得力を持ちました。

しかし、この肖像画が間違いなく光秀であるという確証はまだないようです。

では、本当の光秀はどんな顔をしていたのでしょうか?

 

関連記事:明智光秀の年齢は信長より若かった!

関連記事:明智光秀の旗や家紋は桔梗の花?

 

 

自称光秀の遺児が描いた本徳寺の光秀像

明智光秀 wikipedia

画像:明智光秀 wikipedia

 

こちらの肖像画は歴史教科書などでも有名な大阪府岸和田本徳寺にある光秀像です。

話によると、こちらの肖像画は光秀の遺児とされる南国梵桂(なんごくぼんけい)という人物の筆によるものだそうであり

元々、貝塚の鳥羽庄海雲寺(とばのしょうかいうんじ)にあったのですが、慶長十八年(1613年)に妙心寺の蘭秀宗薫(らんしゅうそうくん)がやってきて肖像画に

 

輝雲道琇善定門(きうんどうしゅうぜんじょうもん)

 

という戒名(かいみょう)を書き加えたと言われています。

 

その後、肖像画は海雲寺の後継にあたる本徳寺に移って現在に至っています。

ところで、こちらの肖像画が明智光秀だと言われている根拠ですが、それは、

輝雲道琇善定門という戒名の中に、「光」と「秀」という漢字が入っているからという安直なモノ・・

実は、光秀の遺児と言われる南国梵桂も履歴のハッキリしない人であり、本当に光秀の遺児であるかどうか証拠もないのです。

 

さらにこの肖像画では、光秀の着ている帷子(かたびら)の柄が家紋とされる桔梗紋や

替紋である丸の内にたちばな)ではなく笹紋(ささもん)になっていて、本当は光秀ではない可能性さえ残されているのです。

 

参考文献:明智光秀残虐と謀略一級史料で読み解く

 

 

本当の光秀は千葉真一みたいな顔だった!

京都市右京区京北慈眼寺光秀木座像

慈眼寺光秀木座像イラスト

 

明智光秀の肖像画は、先ほど挙げた大阪岸和田本徳寺にある一枚しかありません。

しかし、明智光秀の木像というのは複数存在しているのです。

その中の一つで、もっとも古い物が京都市右京区京北の慈眼寺にある光秀木座像です。

こちらの木像は、元々、光秀が建立した密厳寺(みつがんじ)にあったものが、1912年に寺が廃寺になる時、現在の慈眼寺に移されたそうです。

 

こちらの木座像は、作者不詳ですが安土桃山から江戸初期に造られたもので光秀の徳を慕った村人が世間の目を憚りつつも、

木像を黒塗りにして桔梗紋を隠し刀なども取り外し、目立たなくして信仰していたという話です。

つまり、時期的に光秀を目撃した人が木像を造った可能性が高く、そうであればこそ木像を支配者層に光秀と見破られないように

村人が黒く塗ったとも考えられます。

 

一見しても、本徳寺の女性的な色白な光秀とは似ても似つかず、太い眉と憤怒相(ふんぬそう)を取る険しい顔つきと、四角い顔、がっちりした体つきが、

血で血を洗う戦国時代を生きてきた名将光秀に相応しい感じがします。

どことなく、千葉真一(ちばしんいち)の若い頃みたいな感じにも見えないでしょうか?

 

敵は本能寺にあり、コオオオォォーーー!!

 

なーんて言えば、ギャグになりますけど、頼もしい感じですね。

 

【信長を討った明智光秀の波乱の生涯】
麒麟がくる

 

日光東照宮にも光秀と思われる木像が・・

 

日光東照宮陽明門随身像

画像:日光東照宮陽明門随身像wiki

 

明智光秀の像と言えば、光秀とは関係なさそうな日光東照宮にもあります。

これは、公に光秀と言われてはいませんが、光秀なんじゃないの?という都市伝説的な話になっているのです。

 

それが、こちらの日光東照宮の陽明門に鎮座する随身像(ずいしんぞう)です。

こちらは平安時代の右大臣の姿を模したものと考えられていますが、衣服の家紋が桔梗紋にも見える事から随身像は光秀ではないかと噂されています。

そこから家康のブレーン、天海僧正(てんかいそうじょう)が本当は明智光秀ではないかという憶測が出てくるようですね。

しかし、よく見ると随身像の家紋は桔梗ではなく木瓜紋(もっこうもん)の方が、近いと考えられています。

うーん、木瓜の紋で右大臣なら、これは織田信長の木像と考えた方がまだ自然かも知れませんね。

 

戦国時代ライターkawauso編集長の独り言

 

本当の光秀の顔はどっちなのか?

kawausoは慈眼寺の明智光秀が本当の顔に近いような気がします。

たった一人で信長を討つ事を決意し、見事に実行した胆力は慈眼寺の木座像の方が説得力があるからです。

 

関連記事:明智光秀に死を覚悟させた丹波の赤鬼赤井直正

関連記事:明智光秀のイメージどうして三日天下に終わった?

 

【戦国風雲児の意外な素顔】
織田信長スペシャル

 




kawauso

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三度の飯の次位に歴史が大好き

10歳の頃に横山光輝「三国志」を読んで衝撃を受け
まずは中国歴史オタクになる。
以来、日本史、世界史、中東、欧州など
世界中の歴史に興味を持ち、
時代の幅も紀元前から20世紀までと広い。
最近は故郷沖縄の歴史に中毒中、、

好きな歴史人物:

西郷隆盛、勝海舟、劉邦、韓信、、etc

何か一言:

歴史は現在進行形、常に最新のジャンルです。

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