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戦国策【趙策】人の支持を得て力を万倍とせよの巻

2019年1月13日


 

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戦国七雄の地図

 

中華統一を目指す(しん)の前に立ち塞がり、当時最強とされた秦を1度ではあったものの退けた(ちょう)

趙には柔軟な思考の持ち主が多く、優秀な人材が集まっていたといいます。

そんな趙ではどんな遊説家(ゆうぜいか)たちが活躍していたのでしょうか?

 

今回は『戦国策(せんごくさく)』の趙策を覗いてみましょう。

 

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監修者

ishihara masamitsu(石原 昌光)kawauso編集長

kawauso 編集長(石原 昌光)

「はじめての三国志」にライターとして参画後、歴史に関する深い知識を活かし活動する編集者・ライター。現在は、日本史から世界史まで幅広いジャンルの記事を1万本以上手がける編集長に。故郷沖縄の歴史に関する勉強会を開催するなどして地域を盛り上げる活動にも精力的に取り組んでいる。FM局FMコザやFMうるまにてラジオパーソナリティを務める他、紙媒体やwebメディアでの掲載多数。大手ゲーム事業の企画立案・監修やセミナーの講師を務めるなど活躍中。

コンテンツ制作責任者

おとぼけ

おとぼけ(田畑 雄貴)

PC関連プロダクトデザイン企業のEC運営を担当。並行してインテリア・雑貨のECを立ち上げ後、2014年2月「GMOインターネット株式会社」を通じて事業売却。その後、「はじめての三国志」を創設。現在はコンテンツ制作責任者として「わかるたのしさ」を実感して頂けることを大切にコンテンツ制作を行っている。キーワード設計からコンテンツ編集までを取り仕切るディレクションを担当。


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復讐の鬼・予譲の物語

豫譲(よじょう)は暗殺者

豫譲

 

その昔、まだ(ちょう)()(かん)(しん)という1つの国だったとき、予譲(よじょう)(豫譲)という人物がいました。

 

晋には六卿(ろっきょう)と呼ばれる国政の中心を担う6つの家系があり、予譲はそのうち范氏(はんし)中行氏(ちゅうこうし)に仕えてみたのですが、

あまり取り立ててもらえませんでした。

 

そこで今度は智氏(ちし)智伯(ちはく)に仕えることにします。

こうして転職を繰り返した予譲は智伯のもとでようやく満足のいく待遇を得たのでした。

しかし、その幸せは続きませんでした。

 

智氏と趙氏との間で権力争いが勃発し、智伯は趙襄子(ちょうじょうし)との権力争いに敗れてしまったのです。

趙襄子に敗れた智伯は趙襄子から激しい恨みを買っていたため、処刑された上に頭蓋骨を杯にされて(さら)されてしまいます。

 

このとき予譲は山に隠れていたのですが、智伯への恩を思って甚だしい復讐心を覚えました。

 

智伯はすぐに姓名を変えて囚人として趙襄子の館に入り込み、便所の壁塗りをしながら復讐の機会を待つことに。

 

いよいよ趙襄子が便所に入ってきたので、「チャンス!」と思ったのもつかの間、胸騒ぎを覚えた趙襄子によって捕まり、

コテに刃物を仕込んでいることがバレた挙句予譲であることもバレてしまいます。

 

しかし、趙襄子は「義士だ」と言って予譲を称賛(しょうさん)し、罪を許して釈放してやることに。

 

ところが、予譲は復讐を諦めません。

 

予譲は自分の体に漆を塗って髭や眉を剃り、癩病(らいびょう)の乞食に変装。

さらに炭を飲んで喉を潰して再び趙襄子の暗殺に向かいました。

 

予譲が機会を窺っていたところ、趙襄子が橋を渡るところに出くわし、好機ととらえた予譲は橋の下に隠れました。

ところが、趙襄子が乗っていた馬が驚いたために気づかれてしまい、尋問を受けて再び予譲であることがバレてしまいます。

 

趙襄子は、

「君が智伯のために尽くす姿に誰もが感銘を受けずにはいられないが、もう流石に君を許すことはできない」

と予譲に覚悟を決めるように言いました。

 

すると予譲は次のように趙襄子に頼みました。

「最期にせめてあなたの着物を斬らせて智伯様の恩に報いさせてください。」

 

趙襄子はそれを快く受け、予譲に着物を譲りました。

すると予譲は剣を抜いて着物を切り裂き、自刃。

 

趙国の人々は皆予譲の死に涙を流したのでした。

 

 

 

趙国を治めるなら趙人を讃えよ!

劉邦と張良

 

趙の国の政治を取り仕切ることになった張相国(ちょうしょうこく)が政治について悩んでいました。

 

実は張相国は魏でもうまくその手腕をふるうことができず、趙に流れてきた人物。

 

そんな彼にある人が次のようにアドバイスをしました。

 

「あなたの政治がうまくいかないのは、あなたが趙人を(さげす)み、憎んでいるからです。

(にかわ)(うるし)はネバネバしていますが、遠くにあるものをくっつけることはできませんし、

(ひしくい)の羽は軽いですが、ひとりで舞い上がることはできません。

しかし、清らかな風に乗れば世界中を気ままに漂うことができます。

 

このように、楽々ことを成し遂げるように見えるものは、実は他のものの力を借りているものです。

 

趙は万乗の国で、かつては秦を抑えたこともあります。

そんな趙の力を見くびっていながらこれならまだ魏の方が良かったなんて思っていらっしゃる。

私はそんなあなた様を正直いかがなものかと思っています。」

 

この言葉を聞いた張相国は心を入れ替え、人々の前では趙人を讃えないことは無く、趙の習俗の美点を褒めそやさないことは無くなったのでした。

 

孔門十哲

 

 

三国志ライターchopsticksの独り言

 

いかがでしたか?

いずれも趙人の人となりがよくわかるエピソードですよね。

 

趙策には他にも面白いエピソードがたくさんあるのですが、紙幅の都合上2つだけのご紹介となりました。

気になった方は是非『戦国策』を手にとってみてくださいね。

 

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