【明智光秀の家紋・桔梗紋】きっかけは明智光秀が仕えた土岐氏だった


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明智光秀 麒麟がくる

 

今回は明智光秀(あけちみつひで)家紋(かもん)について取り上げます。これまでの記事において、明智光秀の家紋について取り上げたことがあります。この記事では、明智光秀が桔梗紋(ききょうもん)を使っていたという説が定番になっていますが、光秀の桔梗紋については史料にありません。明智光秀が土岐氏の家紋を引き継いだことで定着したと考えられていることを取り上げました。

 

これまでの記事の前半では明智光秀が家紋を引き継いだといわれている土岐氏について取り上げます。後半では土岐氏の家紋の特徴について取り上げます。

 

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美濃国の戦国大名・土岐氏とは?

 

土岐氏は南北朝時代から続く有力な武士団でした。鎌倉幕府の倒幕にも加担し、美濃国を強力な基盤とするとともに足利幕府を支えるようになります。やがて、土岐氏は足利幕府の中で有力な守護大名となりました。拠点とした美濃国だけでなく、常陸(現在の茨城県)や上総(現在の茨城県と千葉県北部)にも拠点を広げました。美濃国で生まれた明智光秀は土岐氏の支流であるといわれています。

 

室町幕府の3代将軍足利義満の代になると、土岐氏は土岐康行の乱によって足利幕府から処罰を受けました。南北朝時代と比べると大きく領土を減らしたといわれています。なお、尾張国は土岐氏から三管領の1つ斯波氏に変わりました。

 

1467年に京で応仁の乱が起こると、美濃国の守護大名・土岐氏は勢力を落とし、守護代(家臣)が力をつけるようになりました。1530年に土岐頼武(とき よりたけ)を越全国に追放して、土岐頼芸を美濃国の守護としました。1552年、大山崎の油売りだった斎藤道三(さいとう どうさん)土岐頼芸(とき よりたけ)を美濃国から追放したことにより美濃国の土岐氏は没落しました。江戸時代以降、土岐頼芸の子は旗本として幕府に仕えていました。


土岐氏の家紋・桔梗紋とは?

桔梗紋 桔梗 wikipedia

 

土岐氏の家紋である桔梗紋は水色桔梗紋で、土岐光衡が兜に桔梗の花を挟んで戦ったことがきっかけで家紋となったといわれています。土岐氏の旗は水色地に白抜きの桔梗紋が使われています。

 

明智光秀の家紋と旗について、大河ドラマやゲームなどで土岐氏と同じような家紋と旗を見ることが多いと思います。史料には明智光秀の家紋は桔梗の花だったという記録はありませんが、光秀が生まれた頃の戦国大名が土岐氏で、自らが土岐氏の支流であることから引き継いだと考えられます。

 

明智光秀は牢人から斎藤道三に取り立てられて家臣になってから桔梗紋と水色桔梗紋の旗を使用しました。斎藤道三が殺害されると、足利義輝(あしかが よしてる)の家臣となりますが、水色桔梗紋の旗を使用しています。以後、織田信長の家臣になっても使用しています。

 

当時、白地と黒地の旗が主流でしたが、水色で白地の桔梗の花の家紋はかなり目立ちました。かなり目立ったことで、明智光秀の家紋が水色の桔梗の花として定着したのかもしれません。

 

【信長を討った明智光秀の波乱の生涯】
麒麟がくる


戦国時代ライターオフィス樋口の独り言

三国志ライター オフィス樋口

 

今回は明智光秀の家紋について取り上げました。これまでの記事では、水色桔梗紋の旗を使ったきっかけとして土岐氏について取り上げましたが、土岐氏について詳しいことは取り上げませんでした。土岐氏は美濃国を強力な基盤として関東地方まで勢力を拡大していましたが、応仁の乱以降、勢力を弱め、下剋上で倒されたことが分かりました。

 

今後、土岐氏の支流として著名な人物では坂本龍馬(さかもとりょうま)が挙げられます。坂本龍馬だけでなく、明智光秀以外の土岐氏の支流についても注目したいと思います。土岐氏は応仁の乱以降勢力を弱めました。同様に室町時代に勢力を拡大していた守護大名では、三管領の1つの斯波氏(しばし)や侍所の山名氏などが挙げられます。斯波氏については下剋上で台頭した織田氏が挙げられます。下剋上で台頭した織田氏から織田信長が全国制覇の一歩手前まで勢力を拡大させた経緯にも注目したいと思います。

 

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