「愚公山を移す」ということわざがあります。どんなに困難なことでもコツコツと努力していけばいずれは成就させることができるという意味です。この言葉の出典は道教の思想書『列子』です。
おじいさんが邪魔っけな山を一生懸命どかせようとするといういい話っぽい感じなのですが、最後のまとめの部分がなんとなくがっかりな感じになってしまっております。また、どうも政治的(?)にもいわくつき(?)のことわざであるようで……。
とほうもない計画を持ち出す愚公
まずは『列子』に載っている愚公移山のあらすじをみてみましょう。
太行山と王屋山という二つの大きな山があった。愚公という九十近い老人が、山の目の前に住んでいた。出入りが山に阻まれており、いつも遠回りしなければならなかった。そこで家族を集めてこう言った。
「みんなで協力して山をくずし、道を作ろうじゃないか」
みんな賛成したが、愚公の妻だけがこう言った。
「あんたの力じゃ ちっぽけな山でも崩せやしないわよ。
太行、王屋みたいな山をどうするつもりさ。
それに、山を削った土や石をどこへやるつもりだい」
中国古典に時々でてくる「無理解な女」みたいな登場人物、大好き。リアリストで辛辣な女性キャラが好きなんですよ。閑話休題、続きを読みましょう。
コツコツと作業を進め、人からバカにされる
おばあさんが指摘した残土処分の問題は、遠くの人跡まれな土地に捨てればよいということになりました。さて、一族はえっちらおっちらと作業を開始しました。
愚公は息子や孫たちと作業を始めたが、荷を運ぶことができるのはたった三人。
それでも石を叩き土を崩し、遠くまで残土を捨てに行くという作業をくりかえした。
隣人の寡婦に前歯が生え替わるくらいのチビっ子がいたが、その子も一生懸命手伝った。
智叟という人は彼らのことを笑って、こう言った。
「ひでえもんだな。バカすぎる。老いぼれの残りかすパワーでは山に生えている草一本も抜けねえだろう。土や石に歯が立つわけがねえ」
愚公はため息をついて言った。
「あんたの石頭こそ始末におえないよ。寡婦やチビっ子にも及ばない奴だ。
私が死んでも子が残り、子は孫を産み、孫もまた子をもうける。
その子にも子ができ、子はまた孫を産む。子々孫々続いていくんだよ。
一方、山は大きくなっていくものではない。平らにできないことがあろうか」
智叟は反論できなかった。
智叟と愚公。かしこい人とおろかな人というネーミングですね。で、愚かだけれどもコツコツやる人に、かしこい人が一本とられたという絵です。山が噴火や隆起で大きくなることはありえない話ではありませんが、この説話の中ではその可能性は排除するということで。なんか、いい話っぽいですよね。ところが、この話には私がちょっとがっかりしてしまったオチがついております。
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けっきょくは神頼み! ズコーッ!
小さな力でもコツコツやっていけば、いずれはすごいことが達成できるんだよ、っていう話なら、ちょっと勇気が沸くいい話ですよね。ところが、この話のオチは、小さな力で達成したというのとは違うことになってしまっています。
山の神は愚山たちが本当にいずれ山をどかしてしまうのではないかと心配し、上帝(天帝)に訴えた。
すると上帝は愚公たちのひたむきさに感動し、夸蛾氏の二人の息子たちに命じて二つの山を背負って行かせ、一つを朔東に、一つを雍南に置いた。
人力で成し遂げたんじゃないんかーい! ズコーッ!人間の努力が天を感動させて結果オーライって、文字の勉強を始めたばかりのチビっ子向けの教材にありがちな安易な儒教説話のパターンですよ。なんでこんなもんが道教の思想書に載っているんだか。『列子』は長い年月にわたっていろんな人の手が加えられたらしく、内容に統一性がない本です。
あの人の演説に引用されている
さて、この「愚公移山」の説話。実は、毛沢東語録で使われています。毛沢東は愚公移山の話を紹介したあと、このように言っています。「現在においても中国人民の頭上を圧する二つの大きな山がある。一つは帝国主義、もう一つは封建主義である。中国共産党はもはや決意している、この二つの山を撤去することを。
我々は堅持し続けなければならない、我々は不断の労働をしなければならない、上帝を感動させることができるように。この上帝とは他でもない、全中国の人民大衆である。全国の人民大衆が一斉に立ち上がり、我々と一緒にこの二つの山を削っていくならば、撤去できないものなどあろうか」中国共産党の色が付いていることわざとなると、ノンポリの私にはとっつきづらいことわざです。
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三国志ライター よかミカンの独り言
以前、日本の政治家の方が「愚公山を移す」ということわざを使っているのを聞いたことがありますが、その方は上のような経緯をご存知だったのでしょうかね……。知らないまんま、コツコツがんばろうみたいないい話として使っただけかもしれません。私が中国留学中に学校で配られた閲読の教科書には愚公移山の話が載っていました。外国人向けの語学の教科書にも少しずつ党の色を入れてあるんでしょうかね。ずっとノンポリのままでいたかったら幅広い知識が必要なのかもしれないなぁと思いました。
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—熱き『キングダム』の原点がココに—