明智光秀の手紙から本能寺の変の真相に迫れるか?


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燃える本能寺

 

これまでの「はじめての三国志」の記事で、本能寺の変(ほんのうじのへん)の動機として、明智光秀(あけちみつひで)の母親が波多野秀治(はたの ひではる
)
に殺されたこと、饗応(きょうおう)役を外された上に丹波国(たんばのくに)など領国を取られたことを有力な説として取り上げてきました。

 

他に、四国平定を目指していた織田信長(おだのぶなが)長宗我部元親(ちょうそかべ もとちか
)
との交渉役を任されていましたが、突然信長の命で豊臣秀吉(とよとみひでよし)に交渉役が変わったことも動機として挙げられます。この交渉記録は長宗我部元親の家臣石谷光政(いしがい みつまさ)の古文書に記録として残されています。

 

この記事では、明智光秀の手紙から本能寺の変の動機を取り上げます。足利幕府再興と本能寺の変の動機の関係に注目します。最初に室町幕府滅亡後の足利義昭(あしかが よしあき
)
を取り上げます。後半では手紙の内容について取り上げます。

 

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室町幕府滅亡後の足利義昭

足利義昭

 

足利義昭は織田信長との関係が悪化すると、上杉謙信(うえすぎけんしん)武田信玄(たけだしんげん)浅井長政(あさいながまさ)朝倉義景(あさくら よしかげ
)
毛利輝元(もうり てるもと
)
などの有力な戦国大名と石山本願寺(いしやまほんがんじ
)
に呼びかけて、上洛を促すとともに織田信長を倒すよう呼びかけました。

 

織田信長を包囲するように取り囲んだことから信長の包囲網と呼ばれていますが、武田信玄が三河国で病死し、浅井長政と朝倉義景が滅亡したことで包囲網が崩れました。1573年に足利義昭は織田信長に無条件で降伏し、京から追放されました。足利義昭が京から追放されたことにより室町幕府は滅亡しました。

 

足利義昭は畿内を転々としていましたが、1576年に毛利輝元を頼りました。備後国の鞆の浦にいたといわれています。足利義昭は備後国で本能寺の変を知りましたが、足利将軍家が再興されることはありませんでした。足利義昭は1597年に病気で死亡しました。義昭は死亡する前に京に立ち寄っていたという記録があります。

 


 

明智光秀の本能寺の変の目的は室町幕府の再興?

 

明智光秀の直筆の手紙が発見されました。その手紙には本能寺の変の目的を知ることができる内容が書かれています。

 

明智光秀が1582年の本能寺の変から10日後に土橋重治へ宛てた手紙が発見されました。その手紙には当時備後国にいた足利義昭を京に迎えたいと書かれていました。この手紙の発見に関するニュースが出る以前に、足利義昭を筆頭に毛利輝元や長宗我部元親といった反信長勢力を結集させて、再興することを考えていたといわれています。

 

手紙が発見されたことで、本能寺の変の動機が室町幕府の再興説であるというのが有力となりました。しかし、この手紙には京に元室町幕府の将軍を迎えると書かれているだけで、室町幕府の再興と結論付けるのは若干無理があるかもしれません。


 

戦国時代ライターオフィス樋口の独り言

幕末ライター オフィス樋口

 

今回は明智光秀の直筆の手紙から本能寺の変の動機を取り上げました。本能寺の変の動機として、発見された直筆の手紙によれば、備後国にいた足利義昭を担ぎ出して、織田信長を倒した後、足利将軍家を再興しようという目的があったという説を取り上げました。

 

しかし、この手紙には京に元室町幕府の将軍を迎えると書かれているだけで、本能寺の変の動機が手紙1枚だけで室町幕府の再興と結論付けるには若干無理があると思われます。今後の研究で、明智光秀が本能寺の変後に送った手紙の発見と分析が進展することが期待されます。

 

本能寺の変については直接動機が書かれた史料がないため、明智光秀の母親が波多野秀治に殺されたこと、丹波国など領国を取られたこと、そして土佐の長宗我部元親との交渉役を外されたことなど動機として様々な説を紹介してきましたが、どの説も有力であるという結論には至っていません。今後の研究に注目したいと思います。

 

最後に、明智光秀が斉藤利三の家臣を経て足利義輝・義昭の家臣になっていることや織田信長と将軍家との連絡役を担っていたことから室町幕府への想いが何かしらあったのかもしれません。

 

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【信長を討った明智光秀の波乱の生涯】
麒麟がくる

 

 

 

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