皆さん蒯越って知っていますか。
蒯越を知っている人は多分かなり少ないと思いますが、あの諸葛孔明や魯粛が提案した天下三分の計を彼らよりも先に天下三分の計を考えた人の子孫だったのです。今回は蒯越の先祖と蒯越について紹介したいと思います。
この記事の目次
天下三分の計を提唱した人物とは?
三国志を知っている方なら一度は聞いたことある「天下三分の計」。
この計略は諸葛孔明や魯粛が考えたと思っている方も多いと思いますが、彼ら二人が考えつくはるか前にこの考えを提案した人物がいるのです。
その人の名前は蒯通。
彼はキングダムよりも後の時代、楚漢戦争時代の人物で、背水の陣で有名な韓信に仕えます。その後蒯通は韓信が趙・斉を攻略し、劉邦と項羽に匹敵する勢力を手に入れたため韓信へ「あなたは趙・斉を攻略した事で劉邦と項羽に匹敵する勢力を手に入れました。
もしあなたがこのまま劉邦に仕え続ければ、劉邦はあなた様の功績が大きすぎることを危惧して、殺害されてしまうかもしれません。
そのためあなた様が今取る道は劉邦から独立し、劉邦と項羽の戦いに参加しないで、第三の勢力として力を蓄えべきです。
そしてあなた様は劉邦と項羽どちらか勝った方と戦えば、疲弊している勝者を倒して、天下を簡単に取ることできるでしょう。」と劉邦へ謀反する事と天下三分の計、天下統一までの計略をアドバイス。
韓信は蒯通のアドバイスを聞いて大いに悩みますが、彼のアドバイスを採用せず、劉邦へ味方します。蒯通は韓信が自分が提案した策略を採用しなかったことで、劉邦に謀反を進めた罪によって、自分へ降りかかってくる災いを避けるために逃亡。
その後韓信は天下統一した劉邦によって殺害。蒯通は逃亡しますが、劉邦に捕らえられてしまいます。
機転の利いた回答で釈放される蒯通
蒯通は劉邦に捕らえられると殺されそうになりますが、劉邦へ「私は無実の罪で殺害されることになる」とぼやきます。劉邦は「どうしてお前の罪が無実なのだ」と激怒しつつも質問。
すると蒯通は「あの当時陛下のようになりたいと願った人物はたくさんいました。それらの人物を陛下はすべて殺害することができますか。」と機転の利いた回答をします。
すると劉邦は蒯通の言葉に納得したのか、蒯通を釈放。こうして蒯通は機転の利いた回答を劉邦へ行った事で、災いを避けることに成功するのでした。そして蒯通は生き残り、後漢王朝の時代まで彼の血脈は続いていくことになります。
「蒯通の子孫・蒯越」優柔不断な何進に見切りをつける
蒯通の血脈は後漢王朝時代まで生き残り、蒯越へと繋がります。蒯越は初め何進の推挙を受けて彼に仕えます。
当時後漢王朝は宦官が権力を握って好き放題やっていた事が原因で、後漢王朝政権の腐敗が進んでいました。そのため蒯越は後漢王朝を立て直すため「宦官をすべて殺害して、後漢王朝をクリーンな政権に立て直すべきです。」と何進へ進言。
しかし何進は蒯越の進言を採用しませんでした。越は何進が進言を採用しなかったため、彼に見切りをつけて荊州の汝陽と呼ばれる土地の県令へ異動。蒯越は荊州へ行ったことで、人生の転機を迎えることになります。
劉表に招かれ、荊州平定の献策を行う蒯越
蒯越は汝陽の県令に就任すると荊州刺史となった劉表から招かれます。劉表は蒯越に「どうすれば荊州を治めることができるか」と相談。
すると蒯越は「平和な時代なら仁愛と道義で納めるのがいいでしょう。しかし今は乱世です。そのため利益をもって人を誘い、悪い人物だと判断したら殺害するのがいいと思います。」とアドバイスします。劉表は蒯越のアドバイスを採用し、賊徒の首領を誘って宴会を行い、宴会の席で賊徒の首領をすべて殺害し、賊徒の配下であった兵力を吸収。
そして劉表は吸収した兵力を用いて、荊州の反抗的な勢力を討伐し、あっという間に荊州を平定することに成功します。蒯通の才能に負けずとも劣らない献策を行い、荊州平定に貢献した蒯越。彼の優れた才能は三国志のチョー有名人のあの人にもべた褒めされることになります。
曹操からべた褒めされた才能の持ち主・蒯越
蒯越はその後荊州が曹操軍によって脅かされると、劉表の跡を継いだ劉琮へ「曹操の勢力は強大で降伏するべきだと思います」と説得。劉琮は他の家臣も蒯越と同じ意見を言っていたため、曹操へ降伏します。
曹操は劉琮が降伏し、荊州を無傷で手に入れることに成功。この時曹操は荀彧へ「私は無傷で荊州を手に入れることに成功したが、荊州が手に入った事よりも蒯越を自分の配下に加えた事の方がうれしい」と喜んだそうです。
このように蒯越は曹操にも認められた才能を持ち、かなり優れていた才能を持った人だったと思いますが、皆様はどのように思いますか。
三国志ライター黒田レンの独り言
今回は蒯越と蒯越の先祖・蒯通について紹介しました。
今回のように先祖とその子孫の実績を紹介することで、より三国志とその前の時代の知識を深めることができると思ってちょっと長いですが、お送りしました。
■参考 三国志武将列伝など
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