武田信玄の馬印は孫子の兵法書を参考にしていたの?

2019年7月24日


 

上杉謙信

 

戦国時代の大名は特色のある馬印を掲げています。たとえば、越後の龍こと上杉謙信(うえすぎけんしん)は「毘」と書かれていた旗や「懸り乱れ龍」の旗を掲げていました。また上杉謙信(うえすぎけんしん)のライバル・武田信玄(たけだしんげん)は「風林火山(ふうりんかざん)」の四文字を大きく書いた旗を掲げています。

 

真田丸 武田信玄

 

さてこの武田信玄の馬印・「風林火山」は何に由来しているのか。この謎について迫ってみたいと思います。

 

自称・皇帝
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監修者

ishihara masamitsu(石原 昌光)kawauso編集長

kawauso 編集長(石原 昌光)

「はじめての三国志」にライターとして参画後、歴史に関する深い知識を活かし活動する編集者・ライター。現在は、日本史から世界史まで幅広いジャンルの記事を1万本以上手がける編集長に。故郷沖縄の歴史に関する勉強会を開催するなどして地域を盛り上げる活動にも精力的に取り組んでいる。FM局FMコザやFMうるまにてラジオパーソナリティを務める他、紙媒体やwebメディアでの掲載多数。大手ゲーム事業の企画立案・監修やセミナーの講師を務めるなど活躍中。

コンテンツ制作責任者

おとぼけ

おとぼけ(田畑 雄貴)

PC関連プロダクトデザイン企業のEC運営を担当。並行してインテリア・雑貨のECを立ち上げ後、2014年2月「GMOインターネット株式会社」を通じて事業売却。その後、「はじめての三国志」を創設。戦略設計から実行までの知見を得るためにBtoBプラットフォーム会社、SEOコンサルティング会社にてWEBディレクターとして従事。現在はコンテンツ制作責任者として「わかるたのしさ」を実感して頂けることを大切にコンテンツ制作を行っている。キーワード設計からコンテンツ編集までを取り仕切るディレクションを担当。


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相棒「風林火山」の旗を掲げる武田信玄

武田信玄-vs-上杉謙信

 

武田信玄は上杉謙信と激闘を繰り広げた川中島の戦いや北条・今川連合軍と戦った薩埵峠の戦いなど多くの戦を繰り広げています。これらの戦はすべて武田信玄が自ら出陣し、相棒と共に戦場を駆け巡っていました。武田信玄の相棒は「風林火山」の旗です。

 

武田信玄はこの相棒の旗を常に掲げて戦を行っていましたが、この「風林火山」の四文字にはどのような意味があるのでしょうか。

 

 

 

「風林火山」は戦の心構えに由来

武田信玄

 

武田信玄は「風林火山」の四文字それぞれに意味を持っていました。まず「風」には「はやきこと風の如し」との意味が込められています。これは戦場においてダラダラと行動するのではなく、風のように素早く行動すべしという意味です。

 

実はヒャッハーな武田信玄

 

次に「林」には「静なること林の如し」の意味が込められています。上記は「敵と対戦する際、陣形は林のように静かで的に見破られないようにするべき」と言う意味合いがあります。

 

また「火」ですが「侵略すること火の如し」という意味です。これは「敵を攻撃する際には火のように激しく攻撃するべし」と言う意味です。

 

武田信玄が作った甲陽軍鑑

 

最後の「山」は「動かざること山の如し」です。これには「敵の奇策などに惑わされないように山のように不動であるべき」との意味があります。

 

このように「風」「林」「火」「山」それぞれに意味があるのですが、この四文字熟語を考えたのは武田信玄じゃありません。

ではいったい誰が考えたのでしょうか。

 

 

「風林火山」は「孫子の兵法書」を書いた孫武から引用

水滸伝って何? 書類や本

 

「風林火山」の四文字熟語は古代中国の「孫子の兵法書」に書かれている言葉です。そしてこの「孫子の兵法書」を考えた孫武が「風林火山」を最初に作った人物でした。孫武は「孫子の兵法書」で「疾如風徐如林侵掠如火不動如山」と記載している事から、武田信玄がこの文章を引用して、「風林火山」の旗を作ったとされています。

 

武田信玄も気に入る蘆名盛氏

 

ついでに武田信玄は「風林火山」の四文字を「心頭滅却すれば火もまた涼し」で有名な快川紹喜に命じて、旗に書かせたそうです。しかしいつ頃この「風林火山」の旗が使われたのか。

 

また武田信玄はどうしてこの「風林火山」の四文字を旗にしたのか。これらの理由はいまだ謎のままで、今後の研究で回目されることを祈るばかりです。

 

三国志ライター黒田レン

 

ここからはレンの推測ですが、もしかしたら武田信玄は上記の文を「孫子の兵法書」で読み、「疾如風徐如林侵掠如火不動如山」が気に入り、「風林火山」の四文字を切り取って、旗に書いたのかもしれませんね。

 

 

戦国史ライター黒田レンの独り言

三国志ライター黒田レン

 

武田信玄はもしかしたら「孫子の兵法書」の「疾如風徐如林侵掠如火不動如山」を知っている事から、古代中国史が好きだったのかもしれません。もし武田信玄が古代中国史好きだったとしたら、呉起が書いた「呉子」や曹操が書いた「魏武注孫子」、キングダムにも登場した韓非が書いた「韓非子」などの書物を読んで、古代中国で行われていた戦いを勉強していたのかもしれません。

 

また武田信玄は自分の戦いに応用できないかなと古代中国史の書物を読んで、研究していたかもしれません。こうして考えると古代中国史と日本の戦国時代にも書物を通じて共通点があったと考えられるのではないでしょうか。

 

■参考文献 新人物文庫 武田信玄謎解き散歩など

 

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武田信玄

 

 

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黒田廉(くろだれん)

黒田廉(くろだれん)

三國志が大好きです。オススメのマンガは曹操を描いた蒼天航路がオススメです。三國志の小説のオススメは宮城谷昌光氏が書いた三國志です。好きな食べ物はマグロ、ぶり、アジが大好きな猫です。

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