日本では、歯磨きを推奨する動きが活発であり、年々国民の”歯を大事にしよう”という意識は上がっているようです。ドラッグストアにはオーラルケアグッズが並び、近所の歯科医院に定期的に通い診て貰う、というのはもはや一般的です。
これは現代ではそれが推奨され、そして環境が整っているからこそできるのです。ところで、大昔のこうした環境の無い時はどうしていたのでしょうか。今回は古代中国の歯の衛生管理について紹介致します。
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古代中国では歯科衛生の概念があった!
古代中国では歯痛のことを牙疼(ヤートン)と呼びます。当時は”虫歯”と”歯痛”の明確な区別はなく歯痛すなわち牙疼の一種が虫歯、という理解だったと考えられます。実は古代中国では歯に関する理解は、比較的進んでいたそうです。中国医学の始祖は一説では黄帝であるとされており、彼は紀元前二七〇〇年に「黄帝内経」を書いたとされていますが、歯に関しては、紀元前三七〇〇年に東洋医学の父とされている神農という人物により「神農本草経」にまとめられました。この書は内科的な薬物両方が主でした。これは別の話ですが、漢方薬が発展していることとも通じているのでしょう。
古代中国における虫歯の原因は○○とされていた。
古代中国の医学書では歯痛は九種、歯肉病は七種に分類され、体系的に理解されていたようです。虫歯は歯痛の一種であり、その原因は諸説考えられていましたが、歯虫説が最も有力でした。歯虫説では、「歯虫」という小さな虫が存在し、歯を溶かしてしまい歯に穴が空く、と考えられていました。実はこの発想、他の国でも古くから言われていました。
一方で、体液説も唱えられていました。当時の医療関係者達は「性行為のしすぎ」で歯の病が起きると考えていたそうです。生命に必要な体液が枯渇するか、異常に高濃度になると虫歯として現れるそうです。いずれにしても現代の様に「虫歯菌」の存在などは考えられていなかったようです。とはいえ、歯虫説では口腔内にいる何者かが悪さをしている、という点ではあながち間違ってもいません。
東洋医学の父、神農の推奨するオーラルケア
神農は虫歯、というよりも歯痛の手法として、主に以下の方法を推奨していたそうです。
・洗口液
・マッサージ
・薬草
・下剤
・鍼治療
見ての通り、現代で行うような方法は少ないようです。洗口液(うがい)は現代でも行いますが、マッサージや鍼治療等一見して”歯"と関わりの無いものに思えます。なぜこのような虫歯治療が推奨されたのでしょうか。
考察・神農のオーラルケアの方針は?
マッサージ・鍼治療・薬草、というワードから見て取れるように、これはおそらく、「虫歯を治す」ではなく、「歯の痛みを和らげる」という方針で治療しているのでしょう。マッサージや鍼治療というのは古代中国の経絡治療であり、指圧や鍼によって経絡を刺激し、痛みを軽減させるためのものでしょう。薬草は漢方薬によって痛みを和らげるためのものです。おそらく古代中国では虫歯の発生要因の特定や虫歯によって損壊した歯の治療は困難であったため、痛みを取り除くことに専念した治療となったのでしょう。下剤も用いられていますが、これは体内にある毒素を取り出し少しでも良い状態にするという意味合いでしょうか。いずれにしても直接の治療、という発想は無かったようです。
三国志ライターF Mの独り言
虫歯は、今でこそ「原因は虫歯菌」ということが周知ではありますが、当時は得体のしれないモノに歯が侵されていくという恐ろしい現象だったことでしょう。世界的には1924年にJ Kilian Clarkeによってミュータンス菌が発見されることとなりますが、それまで世界中で原因不明の病とされていました。そうした背景ですので、神農の編み出した方法は、直接の治療という点では的外れであるかもしれませんが、当時の知識で編み出した、虫歯の苦痛を和らげる方法としては最高峰のものであると考えられます。
参考文献:
歯痛の文化史 古代エジプトからハリウッドまで
ジェイムズ・ウィンブラント著・忠平美幸訳 朝日新聞出版(2017)
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