日常生活

はじめての三国志

menu

はじめての変

思ったよりエロい?…三国志時代の女性の下着

この記事の所要時間: 44




三国志 女性

 

真面目な話、古代を叙述する上で非常に困るのは、その時代の下着の事です。

それも男性なら兎も角、女性となると、その記録は皆無に等しくなります。

絵画に残るのは表面の衣服だけですし今のように下着カタログが大量に

あるわけではないので情報を入手する事がとても困難になるのです。

ただ、それでも、後漢の時代の女性の下着については、色々分かっている

事がありますので、それを紹介しましょう。




今の肌着に当たるのは、衵服(はくふく)

曹操 女性

 

後漢から三国志の時代に掛けての女性の下着で今の襦袢(じゅばん)にあたるのは

衵服と呼ばれるものでした。形状は、日本の着物のようで薄い一枚の布地で

出来ていて足元まである長いものです、色は白が多かったみたいです。




今のブラジャーに当たる心衣(しんい)

金太郎 f

 

一方で、現在のブラジャーに当たるものを一般に心衣と言いました。

ただ魏晋の時代には両当(りょうとう)後漢の時代には腹抱(ふくほう)と

言っていたようで時代によって、呼び方に変化があるようです。

 

形としては、金太郎さんの前掛けに似ていて背中の方を紐で留めていたようです。

背中の紐には、肩とお腹の所の二箇所を留めるタイプと首から紐を交差させて

お腹の所で留めるものと2タイプがあったようです。

 

心衣の表面には、色彩豊かな刺繍が施されていて内側には綿が詰められていました。

綿を詰めたのは、手触りを良くする為だとありますが、今の豊胸ブラのように

バストサイズをUPするのに使われたかも知れません。

 

このような心衣ですが、色は桃色や赤が多かったようです。

三国から晋時代の女性は派手な下着が好きだったのでしょうか?

 

関連記事:みんな大好きウ◯チの話!三国志時代のトイレ事情

関連記事:【三国志マナー】あなたは大丈夫?間違うと首が飛びかねない!?三国時代のマナーを紹介!

関連記事:三国志の時代の県とはどんな構造なの?県城の生活は快適だった?

関連記事:曹操くんポカーン。こやつ何を言ってるんじゃ?古代中国の方言から現代中国の方言まで徹底解説!

 

当時、女性はパンツは穿いていなかった

しゃぶしゃぶ f

 

後漢時代の男性は、特鼻褌(とくびふん)という越中フンドシのような

パンツでしたが、逆に女性はパンツを穿いていませんでした。

中国において、女性がパンツを穿くのは、明の時代からだそうです。

ただ、生理期間中は、着物を汚さない為に生理帯をつけていました。

 

関連記事:なぜか気になる夢占い!曹操も劉備も初夢を占った?古代中国の夢占いと衰退した理由

関連記事:三国志の時代の年末からお正月の過ごし方!当時の食生活も見えてくる!

関連記事:始皇帝が眺めていた星空から星座が分かる。凄い!ギリシャ神話にも劣らない中国の星座

 

防寒の為か、レッグウォーマー 膝袴(しっこ)

 

当時の女性の下着には、現在のレッグウォーマーに該当する

膝袴(しっこ)という衣類があります。

ただ、膝袴は膝から足首までを覆う形の布で足を覆うものではないようです。

 

関連記事:世界不思議発見!三国志の時代の日本、西洋、インドの秘密を探る

関連記事:「後漢の州人口」から読み解く群雄の力!曹操が袁紹の本拠地を欲しがった理由も分かる!

関連記事:後漢末から三国時代の世界情勢はどうなってたの?

関連記事:中国だけじゃない? 世界の三国時代・古代琉球・朝鮮半島・ブリテン諸島などを紹介

 

東晋のハレンチ役人?王宏、往来で女性の下着を剥ぎ取る?

司馬炎 はじめての三国志

 

さて、晋書の良吏 王宏(おうこう)伝には、

この衵服にまつわるちょっとHな話があります。

王宏(?~285年)は名を正宗と言い、ロバの鳴き真似

法律の専門家として有名な王粲(おうさん)の従孫です。

 

王宏は前半生は百姓思いの良吏なんですが、晩年は判断力が落ちてしまい、

罪人に苛酷にあたったり、勝手に刑罰を変えて罪を重くしたりしました。

しかし、晋の武帝(ぶてい)は王宏の前半生の功績が大きいので、

あえて大目にみて、王宏を処罰しませんでした。

 

太康年間(西暦280年代)に司隷校尉(しれい・こうい)になった王宏は

古来の制度を変えて勝手に法律を造り庶民は派手な服装をしてはいけないと布告して

市中を回り豪華な衣服や、キンキラの派手な衣服を着ている市民を捕まえては・・

 

「怪しからん!華美に流れておる!ふしだらである!」

 

とブツブツ言いつつ徹底して服装指導していきます。

 

甚だしいのは、女性でも豪華な衣類を来ていれば、これを検閲して、

路上で衵服(下着)を剥ぎ没収してしまったと書いてあるのです。

以下は晋書にある原文↓

 

・宏緣此複遣吏科檢婦人衵服,至褰發于路

 

うわーい!!じゃなかった!何と怪しからん事を!!

これじゃあ王宏はハレンチなスケベ司隷校尉です。

 

この事で大きく評判を損ねた王宏は司隷校尉を罷免されてしまうのです。

 

関連記事:司馬炎(しばえん)ってどんな人?三国時代を終わらせたスケベ天下人

関連記事:曹操は女の敵なのかどうかを検証する・その3

関連記事:曹操は女の敵なのかどうかを検証する・その2

関連記事:曹操は女の敵なのかどうかを検証する・その1

 

本当に王宏はハレンチ学園なヤツだったのか?

曹操 女性の敵? 鄒氏

 

しかし、幾ら年を取って判断力が落ちたとはいえ往来で女性の下着を

剥ぎ取るようなハレンチな事を王宏がしたのでしょうか?

まだ儒教の影響が根強い社会で、そんなハレンチな事が出来たとは思えません。

 

実は、東晋の時代には、女性のファッションは劇的に多様になり、

それまで下着だった衵服を上着として着て外出する流行がありました。

まだ、男尊女卑の時代でもなく、悪しき習慣である纏足(てんそく)も無いので、

女性には、かなり外出の自由があったと書いてあります。

 

※纏足 女性の足を子供の頃から布で締めつけて大きくならないようにする習慣

こうすると、大人になっても足は小さいので満足に走る事も出来ない。

 

ただ、その雰囲気は後漢の伝統を堅持する儒者には超不評で、

晋の女性が下着を上着の上に着るようなファッションを

「世も末!」「亡国の兆し!」と筆を極めて批判していました。

 

推測するに王宏も、そんな今時の晋の女性の服装を見咎めて、

女性が上に羽織った衵服を剥ぎ取り没収したのでしょう。

その証拠に王宏は間もなく許され、今度は尚書として復帰しています。

 

三国志ライターkawausoの独り言

kawauso 三国志

 

魏晋南北朝の時代の貴族の女性は現代の私達のイメージとは違い、

家の奥に籠らず、積極的に外に出て社交をしていたようです。

 

後漢が倒れ杓子定規な儒教の規律が衰え、逆に老荘思想が前に出て、

人間の欲望を肯定するような風潮が産まれ、女性も美しく着飾り

恋愛を楽しみたいという雰囲気が到来した。

それがより派手で目立つファッションを産み出したかも知れませんね。

 

本日も三国志の話題をご馳走様でした。

 

—古代中国の暮らしぶりがよくわかる—




よく読まれている記事

真田丸 劉備

 

よく読まれている記事:みんな大好きウ◯チの話!三国志時代のトイレ事情

 

朝まで三国志

 

よく読まれている記事:朝まで三国志 三国志最強のワルは誰だ(笑) 第1部

kawauso 投壺

 

関連記事:三国時代の娯楽にはどのようなものがあったの?タイムスリップして当時の人に取材してみた

 

袁紹 曹操

 

よく読まれてる記事:【三国志if】もし袁紹が官渡の戦いで曹操に勝ってたらどうなってたの?

 

この記事を書いた人:kawauso

kawauso

■自己紹介:

どうも、kawausoでーす、好きな食べ物はサーモンです。
歴史ライターとして、仕事をし紙の本を出して大当たりし印税で食べるのが夢です。

もちろん、食べるのはサーモンです。

関連記事

  1. 【宦官の逆襲】後漢が滅んだのは本当に宦官のせい?悪いのは俺達だけ…
  2. 3話:秦が中華統一できたのは秦が三流国家だったから?
  3. これは意外!?三国志時代では戦争の必需品だった短刀
  4. 司馬炎(しばえん)ってどんな人?三国時代を終わらせたスケベ天下人…
  5. 107話:関羽の死|桃園三兄弟の悲しい別れ
  6. キングダム 龐煖(ほうけん)は、実はインテリ男子だった?武神は実…
  7. 【魏の名将五人衆】 五大将軍に数えられる武将たち
  8. 【週間まとめ】はじめての三国志ニュース33記事【1/16〜1/2…

google検索フォーム

過去記事を検索できます

ピックアップ記事

おすすめ記事

  1. 曹操の塩対応に張松ブチ切れ!曹操が冷たく扱ったのは傲慢ではなく驚くべき理由が隠されていた!
  2. 【ファン必見】2016年スーパーエリート袁術君の活躍まとめ26選
  3. 【衝撃の事実】死せる孔明、生ける仲達を走らせるは司馬懿の芝居だった!?英雄の波瀾万丈な人生に迫る!
  4. 鄭渾(ていこん)とはどんな人?民衆の利益を第一に考えた魏の行政官
  5. 反董卓連合軍に参加したのは、誰と誰なの?【素朴な質問】
  6. 50話:捨てる神あれば、拾う神、劉備、趙雲と再会

三國志雑学

ピックアップ記事

おすすめ記事

藺相如(りんしょうじょ)とはどんな人?三大天の一人!趙の名宰相であり廉頗のかけがえのない親友(2/3) 1185(いいはこ)になった?三国時代の幕府って何? 2分で分かる合肥の戦い その1 はじまりの裏側 【シミルボン】衝撃!あの孔明にパシリの時代があった? 親族からは嫌われていた?劉備に親族の配下がいない理由とは? 【三国志あるある】懐かしい!と思った人は40代!昭和では当たり前だった三国志事情 中国史上、最大の軍師は誰なの?孔明?司馬懿か? 劉勲(りゅうくん)とはどんな人?袁術病死の後継者は「泣く子を救う」なのか!?

おすすめ記事

  1. 黒田官兵衛は活躍したのになぜ領地はびっくりするくらい少ないの?
  2. 孔明の愛弟子であった姜維はなぜ孔明の後継者に選ばれなかったの?
  3. 50話:捨てる神あれば、拾う神、劉備、趙雲と再会
  4. 徐晃(じょこう)ってどんな人?魏において、もっとも功績を挙げた無敗将軍
  5. 三国志時代の医療はどうなっていたの?華佗以外にも治療を行っていた!
  6. 何でこんなに孫権は地味なの?
  7. くまモンだけじゃない!三国志の時代にもあった着ぐるみ
  8. 韓当(かんとう)ってどんな人?程普と共に呉を支え続けた呉の勇将

はじさん企画

袁術祭り
特別企画
異民族
諸子百家
春秋戦国時代
日常生活
はじめての三国志TV
PAGE TOP