司馬昭と劉禅の宴会のシーン、賈充の言葉を噛みしめてみる


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降伏する劉禅

 

劉禅(りゅうぜん)と言えば、現在でこそその評価は見直されてきていますが、どうしても、特に三国志演義での演出が印象強いのか長らく無能のように描写されることが多かったですね。

 

司馬昭の質問に回答する劉禅

 

特に横山先生の三国志演義では最後の最後に司馬昭(しばしょう)との宴会シーン、対談シーンがあってから終了することもあって「この人駄目だ……」という印象を抱きやすいです。今回はそんな劉禅のあの場面を振り返りつつ、果たして劉禅は本当に無能だったのか?ということに意見を返してみたいと思います。

 

自称・皇帝
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よくよく問題にされる宴会シーン

劉禅に質問をする司馬昭

 

ちょっと最初の問題となる宴会シーンについて軽くおさらいをしておきましょう。

 

劉禅

 

劉禅は司馬昭に降伏、皇帝であったことも考慮されたのかかなり厚遇されて蜀漢は終焉を迎えます。そんな劉禅を司馬昭は宴会に招き、その場で蜀の音楽が奏でられます。

 

劉禅に降伏を勧める譙周(しょうしゅう)

 

涙を流す家臣たちと笑っている劉禅に司馬昭は唖然として「ここまで無情になれる人間がいるとは」と賈充(かじゅう
)
に零したところ、賈充は「そうでなければ殿下は蜀を併合できなかったでしょう」と返します。主にこのシーンは劉禅の無能さを強調するように描かれることが多いシーンであり、この印象から劉禅に良い印象を抱いていない人も多いことでしょう。


賈充の言葉の意図はどこにある?

反対する賈充

 

ただここで少し気になったのがまずは賈充の言葉。

 

「そうでなければ殿下は蜀を併合できなかったでしょう」

 

という言葉を見ていると、もしかして貶める意図だけではなかったのでは、と考えてしまいます。状況だけを見ると劉禅に対する皮肉のような言葉ですが、これはもしかして

 

「劉禅が蜀に情だけで留まらなかったからこそ、争いが一つ減ったのです」

 

君たちはどう生きるか?劉禅

 

という言葉にも取れるのでは……?というのは、筆者の豊かすぎる妄想力でしょうか。現に劉禅が降伏したからこそ蜀は併合され、劉禅たちは生き延びることができたのです。この件は近年では劉禅が敢えて降伏という道を選んだとして、劉禅の再評価されるきっかけにもなっていますね。


劉禅の降伏にはきちんとした意図があったのではないか

皇帝・劉禅が住んでいる宮殿や成都を警備する伊賞

 

つまり劉禅の降伏はただ皇帝として能力がなかった訳ではなく、国として滅亡はしても、生き残る選択肢をしたのではないか、ということです。そして司馬昭は賈充の言葉から、そういった劉禅の能力を評価していたのではないか?と思います。

 

郤正

 

というのもこの後、劉禅の補佐をしていた郤正(げきせい
)
から「次にあのように言われた場合には、蜀を思って悲しまない日はありませんと答えて下さい」と言われた劉禅は、後に司馬昭から同じ質問をされた際に、郤正に言われたように返します。

 

司馬昭

 

この際に司馬昭は「郤正殿が言ったことと全く同じですね」と返し、劉禅もまた「はい、その通りです」と返して二人が大笑いをするエピソードがあるのです。これは劉禅の意図がどこにあれ、口出しせざるを得ない部下と、その心を汲んで思ってもいないことを返す劉禅、そしてその心を汲んだ司馬昭……と思うのは言い過ぎでしょうか。

 

洛陽城

 

現にこの後、反意がないとして劉禅は魏の下、というより実権を握った司馬昭の下で厚遇されることになります。謀略と争いの中で生きていかなければならなかった司馬昭からすれば、己の全てを捨てて、無能と謗られても生きていける道を選べた劉禅は羨ましい存在だったのかな……とつい考えてしまいました。


少しだけ郤正について振り返る

巫女に神頼みをする劉禅

 

最後にちょっと、郤正について述べましょう。郤正は洛陽(らくよう)に移送された劉禅に、妻子を捨てて付いていき、魏で劉禅が落ち度なく振る舞えるように手助けしました。劉禅は郤正について「評価するのが遅かった」と言葉を残して後悔しています。

 

劉禅

 

このことから劉禅は決して考えていない訳ではなく、郤正の配慮についても感謝していたことが窺い知れます。こう言った他人の配慮に気付ける劉禅は、決して言われるほど無能ではないと思うのですが、どうでしょうか。

 

三国志ライター センのひとりごと

三国志ライター セン

 

三国志の終焉、魏の終焉と蜀の終焉を作った二人。この二人の会話は何とも描写が気持ち良いものではなく、ラストということも相まって哀しさが先に来てしまいます。しかし見直してみるとこのシーンは色々と噛みしめたいことが多くあることにも気付きました。三国志の終わりと思うと寂しいですが、これからまだまだ長い歴史と思って見ると別の見方ができるのが三国志の面白いところですね。

 

参考文献:蜀書後主伝

漢晋春秋

 

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