姜維の北伐は劉禅の意向でもあった?北伐と劉禅の統治を考える

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姜維の北伐は劉禅の意向(1P目)


北伐の「存在意義」

鄧艾と姜維

 

さて劉禅はどうして姜維に北伐をさせていたのか、を考えてみましょう。多くの場合、政治は文官任せ、軍事は姜維任せといったように考えられているのですが、ここで敢えて「姜維の北伐は劉禅の意向があった」という想像をしてみることにします。つまり国の維持に北伐が影響していた、という考えです。


蜀としての在り方

劉禅

 

国をまとめるには、何かの集団をまとめるには同じ目的があるのが一番です。そこで蜀の在り方として「漢室復興(かんしつふっこう
)
」「打倒魏(だとうぎ
)
」があります。つまり北伐の国への負担を抜きにして考えれば、国家政策として国民の一体感を高めるためには役立っていたのでは……と考えるに至りました。


北伐を止める訳にはいかなかった?

劉禅に降伏を勧める譙周(しょうしゅう)

 

そもそも漢室の正当後継者を主張している以上、魏とは対立していなければいけません。この状態で魏と和解するということは、魏の存在を認める、即ち蜀として国の根本が揺らいでしまいます。そうなると国民にも不満が生まれ、内乱も考えられるでしょう。このため劉禅は国の在り方として姜維の北伐を黙認していた……という図が成り立つと思うのですが、どうでしょうか?


三国志ライター センのひとりごと

三国志ライター セン

 

今回はちょっと長年考えていた妄想を文章に叩き付けてみたのですが、いかがだったでしょう。もちろんかなり荒唐無稽(こうとうむけい
)
な話であることは重々承知です。しかしこんなお話、妄想が広がるのも三国志の楽しみ方の一つだと筆者は思います。歴史なので後から色々なことが言うことはできます。

 

三国志を楽しく語るセン様

 

しかし批判してばっかりや、欠点だけを論っていてはあんまり楽しくないですよね。そこでたまには欠点、間違いだと言われることを肯定的に、おもいっきりプラスに考えてみてはどうでしょうか?

 

このやり方は結構楽しいので、ぜひ皆さんもやってみて下さいね!

 

参考文献:蜀書姜維伝 魏書鄧艾伝

 

関連記事:【三国志を斬る】劉禅は自ら政務を執った能動的君主だった!

関連記事:司馬昭と劉禅の宴会のシーン、賈充の言葉を噛みしめてみる

 

北伐の真実に迫る

北伐

 

 

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コメント

  • コメント (2)

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    • 匿名
    • 2020年 5月 01日

    個人的に今回のテーマは判断材料となる根拠が薄いと思いました。YouTubeで他に解説してる人の動画の方がよく考えられててオススメでした

    • 名無しさん
    • 2020年 4月 28日

    「劉禅=毛利敬親」
    毛利敬親は幕末の長州藩の藩主ですが、多くの事を「そうせい」と言うだけでほぼ黙認。部下に好き勝手をさせた結果、倒幕を成し遂げたという…まさしく無能の能。
    本人が後に話したところによると、「当時何か口出ししたら藩が分裂したり、暗殺されたりしたかもしれない、なのでオールOKと言っておいた」とのこと。
    劉禅は打倒魏を成し遂げる事はできませんでしたが、この二人、案外似ているのではないかと思います。




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