
古代オリンピックの第3回は、オリンピックの主役であるアスリートとコーチが万雷の拍手を浴びて栄冠を掴むまでの舞台裏に迫ってみましょう。私達は無意識のうちにスポーツとは近代の産物のように思い込んでいますが、驚く事に古代ギリシャには賞金とスポンサーを得て生涯を優雅に送るプロアスリートがいました。
当時から、将来はオリンピック選手というのが合言葉で、アスリートは富と栄光の象徴だったのです。
妊婦が鷲の子供を産む夢
古代ギリシャのアスリートにとって、エリスの審判の前で宣誓式に臨む道は生まれる前から始まっていたとも言えます。古代ギリシャでは妊婦が夢で鷲の子供を産むと、誕生する息子は運動選手としての成功が約束されると信じられました。
また、父親が息子の肩を噛んでいる夢なら息子はレスリングの選手になり親を養い、息子の足をむさぼり食う夢なら、ランナーとして成功し一族に富をもたらすと信じられました。古代ギリシャでは庶民は貧しく子供がアスリートとして成功する事は、貧困を抜け出す現実味のあるサクセスストーリーだったのです。
6歳から始まるアスリートへの道
古代ギリシャ人にとってのオリンピアンの道は6歳の時、就学年齢と同時にやってきます。当時のポリスには、ギムナシオンという体育館と公園と図書館とプールが一緒になった社交場があり、あらゆる階級の男子が初等教育を受けました。
そこで、ギムナステと呼ばれる体育教師にアスリートとしての素質を見出されると、地元で行われる宗教的な祭典に合わせて行われる競技会に出場します。ここで、好成績を残すと、さらに上位の大会へとステップアップする仕組みでした。
時に、怪物的なアスリートは偶然に見出されました。タトスのテアガネスが、オリンピックを目指せる素質を見せたのは9歳の頃で、村の広場から巨大な真鍮像を肩に担いで持ち去った事からでした。つまりは窃盗ですが、長老は犯罪よりテアガネスの怪力に着目し格闘技の訓練場に送り込んだのです。
後年、テアガネスはパンクラチオンの名手になり、紀元前480年の75回オリンピックで優勝。それ以外にも、イストミア、ピュティア、ネメアのような大きなスポーツ大会で連戦連勝、1300もの栄冠を手にしタトスの英雄になっています。
一攫千金高額な優勝賞金
古代ギリシャのアスリートの標準的な経歴は様々な史料から分かります。ギリシャの祭典の大半は優勝すると高額な賞金や賞品が贈られ、有望な選手はその賞金だけで生計を維持できたのだそうです。
オリンピックを目指すアスリートは、最初は比較的賞金の安い大会で優勝して賞金を稼いで旅費を溜め、メガラ、ボイオティア、アテナイのような有名な競技会に参加します。アテナイの競技大会の賞金総額は、現在の通貨で6500万円という巨額でした。
アテナイの徒競走で優勝した少年は、アンフォラ50杯分のオリーブオイルを獲得したそうですが、これは90万円で売れたそうで、大人はこの2倍の賞金でした。エフェソスやベルガモンのような小アジアの裕福な都市の競技会で優勝すれば、小さな邸宅が買える程の賞金がもらえました。このような競技会はギリシャ時代に200を数え、ローマの属州時代には400に倍化し、プロアスリートは地中海沿岸を賞金荒らしとして巡回し大金を獲得しました。
かくして、富と名声を得たプロアスリートが目指すのが四代競技会でネメア、デルフォイ、コリントス、そしてオリンピックでした。
しかし、オリンピックは他の三大大会とは異次元の別格で、他の三大会を何度制しても、オリンピックで勝利できないとハナクソみたいな扱いだったそうです。
それほどに当時のアスリートに取り、オリンピックは特別でした。
オリンピックに不可欠なコーチ
今も昔も、天才アスリートの中には人の力を必要としない天性の超人がいます。例えば、紀元前6世紀のイタリア半島南部のクロトンというポリスに生まれたミロという少年は、自分の家で生まれた子牛を成牛になるまで、毎日ウェイトリフティングして、最強の格闘家になり、紀元前540年に少年の部で優勝して以来、足掛け20年でオリンピックを五連覇し、1100年以上続いた古代オリンピックで遂に破られない大記録保持者になりました。
もっとも、ミロのようなケースは例外中の例外、普通の有望なアスリートはバイドトゥリバイと呼ばれる専属コーチを雇ってトレーニングメニューの指導を受けていました。
このような専属コーチは古代ギリシャのスポーツ文化に必要不可欠な存在で、特にオリンピックに参加する10か月前から開催されるギムナシオンで練習に専念する、今でいうオリンピック強化期間には、彼らの指導が是非とも必要だったのです。
何故なら、バイドトゥリバイは大体40歳以上の経験豊富な元アスリートであり、人気コーチともなると、元オリンピアンというケースも珍しくありませんでした。
彼らは、スポーツ理論ばかりではなく、解剖学、栄養学、医学、物理療法について実地で経験を積んでいましたが、大体は荒っぽく、スポーツ以外の教育を受けてなく、文盲で署名さえ出来ないコーチも多くいました。
誤ったトレーニングで選手生命を絶たれたり、過酷なトレーニングで選手を死なせるパワハラコーチもいて、裁判沙汰にもなりましたし、正業の医師からはトンデモスポーツ理論に絶えず疑問や警告が発せられましたが、アスリートたちは医師の警告に耳を貸そうとはしませんでした。だって、医師の言う通りにしてもオリンピックで勝利できないからです。
富と名声の欲に憑りつかれた清々しい程に健全な若きアスリートは、元オリンピアンの指導と言葉のみが自分に栄光をもたらすと信じて疑いませんでした。今となーんにも変わっていないのです。
コーチも欲望まみれ
アスリートが欲望まみれなら、コーチもまた欲望まみれでした。彼らはスポーツを愛し、同じように富と名声を愛し、死ぬまで添い遂げる事を熱望します。古代オリンピックでは競技におけるコーチの名誉が尊重され、トップクラスの指導者の名前はオリンピックの勝利者の名前と共に記念碑に刻まれた程でした。
そればかりかコーチは、祝賀会では選手の隣に座り、凱旋行進でも選手の傍らを歩きます。まさしく選手でも金、コーチでも金でした。こうして高い知名度を得たコーチの門前には指導を仰ぐアスリートが大金を積み上げ、○○流オリンピック勝利の方程式なんて教本でも書こうものなら、コーチを頼めない貧しいアスリートのバイブルになり飛ぶように売れました。言ってしまえば、コーチもコーチで欲望まみれだったのです。
選手のやる気を引き出すコーチのテクニック
いかに素晴らしいトレーニングを施してもオリンピックの晴れ舞台で戦うのは選手です。コーチはコーチ席で選手同様に、全裸フルちんで大声で叱咤激励するより方法はありません。当たり前ですが手を貸せば失格です。
そこでコーチは、声で選手の士気を奮い立たせる多くのテクニックを持ちました。紀元前520年のオリンピック大会でボクシングに参加したグラウカスは、顔に何発もパンチを喰らい意気消沈、片手を高々と掲げて指を立てギブアップしようとしていました。
その時コーチがグラウカスを激励します。
「バカ野郎、グラウカス前を見ろ、あいつは鋤だ、お前が伸ばした曲がった鋤のように、あの野郎も伸ばしちまえ」
グラウカスは膂力に優れ、少年時代、折れ曲がった金属の鋤をヒットマッスルで真っすぐ伸ばした事がありました。それを思い出しグラウカスは士気を奮い立たせます。
「そうだ、こいつは鋤だ!俺が伸ばした鋤だ!また、ぶちのめしてやる」
ここから甦ったグラウカスの強烈なパンチが相手に連続命中、グラウカスは逆転勝利したのです。まるでリアルなロッキーみたいですね。
もっと古典的な男のスケベ心を利用したコーチもいました。
紀元前404年の大会でプロマルクスというパンクラチオン選手のコーチだった男は、プロマルクスが片思いしている少女がいる事を知り、「彼女がオリンピックで優勝したら付き合うと言っていた」とプロマルクスにウソを言いました。
これを聴いたプロマルクスは有頂天、前評判の高かったパンクラチオンの強豪を次々と打ち破り見事に優勝したそうです。でも、そのおかげで少女と付き合えたかどうかは分かりません。
このような微笑ましい話がある一方で、コーチの意志に反してギブアップした選手に対し激高したコーチが競技場に乱入。先の尖った金属で刺し殺したり、死んでもギブするなと叫ぶコーチの言葉を健気に守り絞殺されたパンクラチオンの選手もいました。
コーチとアスリート、この二人は共に大好きなスポーツで名声と富を獲得し、一番を追い求めた最強のスポーツバカコンビだったのです。
kawausoの独り言
お気づきのように古代オリンピックの選手は全員、スポーツで飯を食うプロアスリートでした。そういう意味では、清く正しいからは程遠く、権力や対戦者からの賄賂や脅迫で、あっさり八百長する事も多くありました。
ボクシングの試合で八百長の敗戦者が、約束の金が支払われない事に腹を立て、恥知らずにも、八百長を持ちかけた選手を訴えた古代スポーツ史上最低の法廷闘争も記録されています。でも、古代ギリシャ人の根底にはスポーツを愛する心がありましたし、不正は公には常に否定されました。
ローマ皇帝ネロが権力を使い人気取りで、オリンピック八百長試合で連続勝利した時も、一度は脅しに屈したギリシャでしたが、ネロが暗殺されると、その大会を汚辱の祭典として抹消しネロの銅像を引き倒してしまいました。汝の力のみで勝て、これが古代オリンピックの精神でしたが、ある一定のレベルでは、それは危うくも守られていたのです。
参考文献:古代オリンピック全裸の祭典









