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この記事の目次
コーチも欲望まみれ
アスリートが欲望まみれなら、コーチもまた欲望まみれでした。彼らはスポーツを愛し、同じように富と名声を愛し、死ぬまで添い遂げる事を熱望します。古代オリンピックでは競技におけるコーチの名誉が尊重され、トップクラスの指導者の名前はオリンピックの勝利者の名前と共に記念碑に刻まれた程でした。
そればかりかコーチは、祝賀会では選手の隣に座り、凱旋行進でも選手の傍らを歩きます。まさしく選手でも金、コーチでも金でした。こうして高い知名度を得たコーチの門前には指導を仰ぐアスリートが大金を積み上げ、○○流オリンピック勝利の方程式なんて教本でも書こうものなら、コーチを頼めない貧しいアスリートのバイブルになり飛ぶように売れました。言ってしまえば、コーチもコーチで欲望まみれだったのです。
選手のやる気を引き出すコーチのテクニック
いかに素晴らしいトレーニングを施してもオリンピックの晴れ舞台で戦うのは選手です。コーチはコーチ席で選手同様に、全裸フルちんで大声で叱咤激励するより方法はありません。当たり前ですが手を貸せば失格です。
そこでコーチは、声で選手の士気を奮い立たせる多くのテクニックを持ちました。紀元前520年のオリンピック大会でボクシングに参加したグラウカスは、顔に何発もパンチを喰らい意気消沈、片手を高々と掲げて指を立てギブアップしようとしていました。
その時コーチがグラウカスを激励します。
「バカ野郎、グラウカス前を見ろ、あいつは鋤だ、お前が伸ばした曲がった鋤のように、あの野郎も伸ばしちまえ」
グラウカスは膂力に優れ、少年時代、折れ曲がった金属の鋤をヒットマッスルで真っすぐ伸ばした事がありました。それを思い出しグラウカスは士気を奮い立たせます。
「そうだ、こいつは鋤だ!俺が伸ばした鋤だ!また、ぶちのめしてやる」
ここから甦ったグラウカスの強烈なパンチが相手に連続命中、グラウカスは逆転勝利したのです。まるでリアルなロッキーみたいですね。
もっと古典的な男のスケベ心を利用したコーチもいました。
紀元前404年の大会でプロマルクスというパンクラチオン選手のコーチだった男は、プロマルクスが片思いしている少女がいる事を知り、「彼女がオリンピックで優勝したら付き合うと言っていた」とプロマルクスにウソを言いました。
これを聴いたプロマルクスは有頂天、前評判の高かったパンクラチオンの強豪を次々と打ち破り見事に優勝したそうです。でも、そのおかげで少女と付き合えたかどうかは分かりません。
このような微笑ましい話がある一方で、コーチの意志に反してギブアップした選手に対し激高したコーチが競技場に乱入。先の尖った金属で刺し殺したり、死んでもギブするなと叫ぶコーチの言葉を健気に守り絞殺されたパンクラチオンの選手もいました。
コーチとアスリート、この二人は共に大好きなスポーツで名声と富を獲得し、一番を追い求めた最強のスポーツバカコンビだったのです。
kawausoの独り言
お気づきのように古代オリンピックの選手は全員、スポーツで飯を食うプロアスリートでした。そういう意味では、清く正しいからは程遠く、権力や対戦者からの賄賂や脅迫で、あっさり八百長する事も多くありました。
ボクシングの試合で八百長の敗戦者が、約束の金が支払われない事に腹を立て、恥知らずにも、八百長を持ちかけた選手を訴えた古代スポーツ史上最低の法廷闘争も記録されています。でも、古代ギリシャ人の根底にはスポーツを愛する心がありましたし、不正は公には常に否定されました。
ローマ皇帝ネロが権力を使い人気取りで、オリンピック八百長試合で連続勝利した時も、一度は脅しに屈したギリシャでしたが、ネロが暗殺されると、その大会を汚辱の祭典として抹消しネロの銅像を引き倒してしまいました。汝の力のみで勝て、これが古代オリンピックの精神でしたが、ある一定のレベルでは、それは危うくも守られていたのです。
参考文献:古代オリンピック全裸の祭典