紅茶が切れたイギリス軍は戦わないってホント?




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紅茶一揆(イギリスの紅茶文化)

 

ある調査によると、イギリス人1人当たりの年間紅茶消費量は約2.6キロにもなり、日本人の25倍にもなるそうです。このイギリス人の紅茶好きは、当然の如くイギリス国民で組織されるイギリス軍にも引き継がれます。そんなイギリス軍では紅茶が切れると大変な事が起きました。




ティータイムには戦争を休むイギリス軍

スキッパーキ

 

イギリスの兵士にとって紅茶の重要性は、他の事がかすむほどでした。第二次世界大戦時のイギリス軍の兵舎やキャンプでは、大きな壷に入った茶葉が調理室とダイニングホールに収容されていた程です。

 

紅茶はイギリス兵にとってただの飲み物ではなく、祖国の文化の一部であり、さらに家庭、家族、幸せな時間を思い出させるものでした。また、紅茶にはカフェインが含まれ精神的な疲労を回復する効果もあります。

 

さらにイギリス軍の基地では、どこでもティーカップが販売され兵士は勤務外ならいつでもカップを購入できました。イギリス軍は常に勇敢に戦いましたが、それでもティータイムを飛ばす事はなく時間になると砲撃を休み、仲間同士で集まり紅茶を楽しんだのです。

 

朝鮮戦争の頃、国連軍として参加していたイギリスはアフタヌーンティーの時間には砲撃を停止した程でした。




イギリスの戦車には給湯器がついている

 

これほどまでに紅茶にこだわるイギリス軍の戦車には、他国の戦車にはまず存在しない給湯設備がついています。給湯器はAFV Boiling vesselという正式名称がついていて、24v電流で作動し、戦車の搭乗員は常に給湯器にお湯を入れて紅茶を注ぎ戦争の真っ最中でも紅茶が飲めるようにスタンバイしているのです。

 

どうして、戦車に給湯装置が常備されたのか?

 

それは第二次世界大戦時に、イギリスの戦車兵が危険を顧みず戦車の外で湯を沸かして紅茶を煮だしている途中に狙撃されて戦死する事例が続発したからです。ティータイム中の戦車乗務員の死傷者は全死傷者の37%を占めていたそうで、イギリス軍は戦死者を抑える為に場違いな給湯器を戦車に装備する事にしました。例え戦争中でもティータイムを忘れない、イギリス人の紅茶への執念が見えてきますね。

 

また、推奨はされていないものの、給湯器のお湯を使いレトルト食品やスープを温めたり、じゃがいもを茹でたりもしたようで、湾岸戦争時には戦車に給湯設備などない別の多国籍軍の戦車兵を、イギリスの戦車に招待して紅茶や軽食を振る舞い、結束を強めるのに役立ちました。

 

【国の興亡を左右した税と脱税の世界史】
脱税の歴史

 

イギリスと紅茶の歴史

 

紅茶大国のイギリスですが、なにも建国以来、紅茶を飲んでいたわけではありません。元々、イギリスの生水はカルシウムやマグネシウムを多分に含んだ硬水で飲んでも苦く、飲料に適しませんでした。そのため、イギリスでは大昔からビールが、飲むパンとして飲料水代わりに飲まれていたのです。

 

しかし、17世紀の1630年、当時日本貿易を独占していたオランダが日本と中国から緑茶を買い入れて欧州で売りさばくようになります。当初は輸入されていたのは緑茶でしたが、いつ頃からか発酵(はっこう)させた紅茶が輸出されるようになりました。

 

シャルロット・コルデー

 

イギリス国王チャールズ2世の妃として、ポルトガルから輿入れしてきたキャサリン妃は、東洋趣味が昂じて紅茶を気に入り、紅茶をカップに注いで贅沢に砂糖を加え、彼女が生活していたサマーセットハウスを尋ねる客人にも気前よくふるまったそうです。

 

当時のポルトガルは貿易先進国で大金持ちであり、キャサリン妃にも多額の持参金を持たせていたので、キャサリン妃はポルトガルの富を誇示していたのですが、喫茶の習慣は、こうして、キャサリン妃からイギリスの貴族に広がっていきました。

 

当初、庶民は紅茶ではなくコーヒーを飲んでいて、17世紀後半にはロンドンにコーヒーハウスも出来ましたが、フランスやオランダがコーヒー栽培を独占した事でコーヒーの価格が高くなり次第に紅茶へとシフトしていきます。

 

紅茶が引き起こした2つの戦争

 

イギリス人と紅茶の関係は、2つの大きな戦争を引き起こしています。1つはアメリカ独立戦争で、フランスと北米で植民地戦争を繰り返していたイギリスは戦費が嵩んで国家財政を圧迫しました。そこでイギリスは植民地への課税で難局を乗り切ろうとしますが、植民州の猛反発を受け増税案を引っ込めました。

 

困ったイギリス政府は、大量の紅茶の在庫を抱えていたイギリス東インド会社にアメリカでの紅茶の独占販売権を与え、租税を取ろうと考えました。

 

東インド会社の紅茶は在庫ですし、決して高い値段ではなかったのですが、これをイギリスによるアメリカ貿易独占の陰謀ではないかと考えた一部の愛国急進派が、インディアンに扮装して東インド会社の船を襲い、紅茶の木箱342箱をボストン港に投棄したのです。

 

このボストン茶会事件を切っ掛けにイギリスはアメリカへの態度を硬化させ、強圧的な手段を取ったので怒った植民地政府は独立を宣言して戦争になりました。

 

もうひとつは世界史でも有名なアヘン戦争です。産業革命を経て、市民階級が豊かになりだしたイギリスでは紅茶の需要が激増して、国内の銀が中国に流れ込んで対外貿易赤字が嵩んでいました。

 

しかし、中国が買ってくれるイギリス製品はほとんどないので、イギリスはインドのベンガルでアヘンを栽培して中国に輸出し流出した銀を取り返そうとします。

イギリス海軍軍艦に吹き飛ばされる清軍船

 

このアヘンが中国で多くの中毒者を出し、中国側は林則徐(りんそくじょ)という人物がイギリス商人のアヘンを没収して焼き捨てるという事件が発生。イギリスは艦隊を派遣して戦争になります。

 

 

戦争に勝利したイギリスは南京条約を締結。港島を割譲させ、5つの港を開港させて不平等条約を押し付け、中国を食い物にしていきます。

 

世界史ライターkawausoの独り言

内容に納得がいかないkawauso様

 

以上の理由で、紅茶が切れたイギリス軍は戦わなくなります。

 

例え戦争中でも、戦車から飛び出して紅茶を沸かして飲んでいたイギリス兵は、世界で最も紅茶を愛好する人々と言えるでしょう。ましてや、戦死率を下げる為に、狭い戦車内部に給湯装置を取り付けて車内でティータイムが楽しめるようにするとは、ちょっと想像できないこだわりぶりですね。

 

参考:Wikipedia他

 

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