曹真の有能ポイントはどこ?「攻め」か「守り」かそれとも?

2020年9月3日

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kawauso編集長(石原 昌光)

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kawauso編集長(石原 昌光)

「はじめての三国志」にライターとして参画後、歴史に関する深い知識を活かし活動する編集者・ライター。現在は、日本史から世界史まで幅広いジャンルの記事を1万本以上手がける編集長に。故郷沖縄の歴史に関する勉強会を開催するなどして地域を盛り上げる活動にも精力的に取り組んでいる。FM局FMコザやFMうるまにてラジオパーソナリティを務めるほか、紙媒体やWebメディアでの掲載多数。大手ゲーム事業の企画立案・監修やセミナーの講師を務めるなど活躍中。

コンテンツ制作責任者・おとぼけ(田畑 雄貴)

コンテンツ制作責任者

おとぼけ(田畑 雄貴)

PC関連プロダクトデザイン企業のEC運営を担当。並行してインテリア・雑貨のECを立ち上げ後、2014年2月に「GMOインターネット株式会社」を通じて事業売却。その後、「はじめての三国志」を創設。現在はコンテンツ制作責任者として「わかるたのしさ」を実感していただけることを大切にコンテンツ制作を行っている。キーワード設計からコンテンツ編集までを取り仕切るディレクションを担当。

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仕事が出来る法正に何も言えない文官たち

 

人には得意不得意があります。稀に万能の人というのも存在しますが、全ての人にそれを求めてはならず、自分の強み弱みを理解して育てていくのが重要です。

 

呉軍を撃退する曹真

 

ちょっと話がそれそうになりましたが、今回は筆者の一押し武将・曹真(そうしん)の有能さ……つまり「強み」はどこなのか、を紹介してみたいと思います。曹真のどの辺りが有能であったのか、あくまで筆者の観点で申し訳ないのですが……今回もたっぷりと語らせて頂きます。

 

「武勇」か?

曹真を引き取り養う曹操 +曹丕

 

曹真は曹丕(そうひ)らと共に曹操(そうそう)に育てられました。狩猟で馬上から虎を射たことで、曹操から直属の部隊「虎豹騎(こひょうき)」の隊長として率いさせられたことは有名です。

後ろ向きになって弓矢を放ち虎を倒す曹真 虎豹騎

 

これは曹真の武勇の有能さを表したエピソードですが、筆者は曹真の有能さは武勇だけではないと思います。このことを念頭に置きつつ、次に行きましょう。

 

三国志演義とは違うぜ!

バチバチやりあう孔明と曹真

 

ここで少し三国志演義の話も交えていきましょう。三国志演義の曹真は諸葛亮(しょかつりょう)、司馬懿(しばい)の引き立て役であり、かなりの無能な人物として描かれています。

 

孔明の計画をぶちこわす曹真

 

しかし実際には、曹真は第一次北伐の際には趙雲(ちょううん
)
らの軍勢を撃退、天水(てんすい)他三郡(さんぐん)を奪取、そして諸葛亮の再北伐を予見して陳倉(ちんそう)に軍を置いて翌年の防衛に成功するなど、諸葛亮とのやり合いに勝利しているほどです。このことから、正史の曹真は諸葛亮に肉薄(にくはく)するほどの統率力があったと言えるでしょう。

 

攻め手は苦手だったのか?

雨の中進軍する曹真

 

その一方で、蜀に攻め込んだ時には成果を挙げることは敵いませんでした。このことから曹真は攻め手は苦手と言われることもありますが、この時の撤退は秋の長雨によって補給が上手くいかなかったためであり、敗北したというよりは撤退、被害を甚大にする前に「上手に引いた」と言うこともできます。つまり曹真は状況を上手く見てまとめられるだけの力があったと思うのです。

 

鎮圧面でも

魏の重鎮になった曹真

 

因みに曹真は220年に起こった張進(ちょうしん)の反乱に配下を派遣して平定するなど、鎮圧の手際も中々です。これより以前にも曹操の平定(へいてい)に同行して出世するなど、手柄も挙げています。なので決して守りだけの人ではありません。

キングダムと三国志 信と曹操のはてな(疑問)

 

では曹真の強み、有能さはどこなのか?

いよいよ筆者の真意に迫って頂きましょう。

人柄が良かった曹真

部下の兵士に褒美(お金)を分け与える曹真

 

曹真のとあるエピソードを紹介しましょう。曹真は若い頃同僚だった従弟の曹遵(そうじゅん)や同郷の朱讃(しゅさん)が早くに亡くなったために、その子らに自身の封地(ほうち)を分け与えたというエピソードがあります。

 

進軍する兵士c(モブ用)

 

また恩賞が足りない将兵がいれば自らの私財を分け与えました。このため曹真は将兵たちに信頼され、軍の結束も固かったのです。そう、曹真の強み、優れている点はこの「統率力」……人の心を十分につかむことができるポイントにあったと、筆者は思うのです。

 

曹操から見た曹真

曹操と虎豹騎

 

ここで思い出して欲しいのが、曹真が曹操に直属の部隊「虎豹騎(こひょうき)」の隊長として率いさせられたこと。曹操は武勇だけでなく、曹真のそういった人柄、人を思いやれる、そして人が付いてくる、そういった能力を見抜いていたのではないでしょうか。

 

曹洪と曹操

 

だからこそ早くに直属の部隊を任せ、曹真に付いていく人物を早くに作ろうとした……そうすることが後の曹家、そして魏の力になることだと理解していたのだと思うのです。

 

兵士 朝まで三国志

 

そして曹真はその才をしっかりと伸ばし、反乱鎮圧に、防衛に、そして攻め手になった際の撤退時に、人と状況を見て判断が下せるだけの、そしてその判断に人を従わせるだけの統率力を身に付けたのだと思うのです。

 

受け継がれなかった可能性

曹爽

 

ここで最後に、曹真の息子、曹爽(そうそう)について。

 

司馬懿と曹爽

 

彼は最初こそ曹真に言われたように司馬懿(しばい)と仲良くしていましたが、後々に司馬懿を閑職(かんしょく
)
に回して朝政を牛耳るようになってしまいます。なぜ曹爽が司馬懿を閑職に追いやったのか……個人的に、曹爽は司馬懿にいつか貶められるという「怯え」があったのだと思うのです。

 

ポイント解説をするセン様

 

やられる前にやらなくては……そう思ったのは、曹爽には父親ほど人望がなかったからなのではないでしょうか。人を信じられなかった、人が付いてこなかった……だから、他人に怯えずにはいられなかった……そう思うともしかしたら、曹真の有能さは曹爽に継がれることはなかったのではないか、そんなもの悲しいことを考えてしまいますね。

 

三国志ライター センのひとりごと

三国志ライター セン

 

曹真というと「守りの人」というイメージがあると思うので、この機会にぜひ筆者が主張したかったことを主張させて頂きました。それは曹真が守りだけでなく、鎮圧や攻め手でもしっかりと功を立てていること。

 

三国志を楽しく語るライターセン様

 

そしてそこから曹真の本当の強みは諸葛亮、司馬懿にも負けない統率力にあったのではないか……という、筆者の贔屓目込みではありますが、ちょっと語ってみたかった「曹真の有能さ」でした。

 

参考文献:魏書曹真伝

 

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セン

両親の持っていた横山光輝の「三国志」から三国志に興味を持ち、 そこから正史を読み漁ってその前後の年代も読むようになっていく。 中国歴史だけでなく日本史、世界史も好き。 神話も好きでインド神話とメソポタミア神話から古代シュメール人の生活にも興味が出てきた。 好きな歴史人物: 張遼、龐統、司馬徽、立花道雪、その他にもたくさん 何か一言: 歴史は食事、神話はおやつ、文字は飲み物

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