曹操の親衛隊「虎豹騎」とは?曹休と曹真が所属した虎豹騎はその後どうなった?

2022年1月14日


 

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虎豹騎を率いる曹休

 

曹休(そうきゅう)曹真(そうしん)曹操(そうそう)の一族として活躍した武将です。そんな彼ら、実は同じ曹操の親衛隊に所属していたのです!

 

後ろ向きになって弓矢を放ち虎を倒す曹真 虎豹騎

 

その親衛隊の名前は「虎豹騎(こひょうき)」。とてもカッコいい名前ですが、その部隊はどのようなものだったのでしょうか?

 

今回の記事で探ってみましょう。

 

 

「虎豹騎」とはどんな部隊なのか?

曹操と虎豹騎

 

虎豹騎は曹操直属の親衛隊です。親衛隊とは、君主などの重要人物の身辺警護をする武装部隊です。警護だけでなく、君主と共に前線で戦うことも良くあったようです。

 

官渡の戦い 騎馬兵

 

虎豹騎の特徴は「騎兵隊」であったことで、主に馬に乗って戦いに赴いていました。この部隊が正史「三国志」に登場したのは官渡(かんと)の戦いののち、袁紹(えんしょう)の息子袁譚(えんたん)を曹操が撃破した時でした。

 

曹真

 

その部隊の指揮は主に曹操の一族が務め、曹純(そうじゅん)、曹休、曹真などが指揮をとっていました。なかでも曹純はその戦闘能力の高さから曹操から信頼され、長く虎豹騎の指揮を執っています。

 

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官渡の戦い特集

 

 

 

虎豹騎の初めての活躍、袁譚との戦い

袁尚と対立する袁譚

 

虎豹騎が初めて活躍したのは、袁紹の息子「袁譚」との戦いでした。袁紹の死後、その息子の袁譚、袁尚(えんしょう)との間で後継者争いに関わる内戦が勃発し、二人は激しい戦いを繰り広げていました。

 

赤鎧を身に着けた曹操

 

その隙を着いた曹操が袁譚を攻撃。そこで活躍したのが虎豹騎でした。曹純の指揮下で馬で逃走する袁譚を追撃、彼を捕え斬首することに成功したのです。

 

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騎兵自慢の異民族「烏桓」をも破る

烏桓族

 

鳥丸(うがん)」は中国の北部、現在の内モンゴル自治区に勢力を持っていた異民族です。彼らは騎馬での戦いを得意としていました。袁尚らが曹操との戦いに敗れ、逃走してくると当時の鳥丸の族長、「蹋頓(とうとん)」は彼らをかくまったため、曹操の攻撃を受けることになります。

 

曹純

 

そこでも鳥丸は自慢の騎馬隊を率いて戦いましたが、曹純率いる虎豹騎がこれを破り、蹋頓を捕縛することに成功したのです。その後鳥丸族は曹操軍に取り込まれ、曹操は強力な騎馬隊を手に入れました。この中から虎豹騎に採用された兵もいたかもしれませんね。

 

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虎豹騎、劉備を追撃する

五虎大将軍の趙雲

 

張飛の活躍で有名な「長坂(ちょうはん)の戦い」では逃亡する劉備(りゅうび)たちを虎豹騎は昼夜問わず馬を走らせ追撃し、指揮していた曹純は劉備の二人の娘を捕えることに成功しました。

 

阿斗を劉備まで届ける趙雲

 

この時「趙雲(ちょううん)」が奮戦し、劉備の妻と息子を戦乱の中から保護していますが、この時趙雲を阻止しようと戦ったのが虎豹騎たちと思われます。

 

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趙雲

 

 

呉との戦いで活躍した「曹休」

曹休

 

虎豹騎の指揮をして大いに活躍したのが「曹純」でしたが、同族の「曹休」も虎豹騎の指揮を度々任されていました。彼は早くに父を亡くし、一族の曹操が挙兵するとそれに参加しました。

 

曹休と曹丕を可愛がる曹操

 

曹操は曹休を大変気に入っており、「この子は我が家の千里の馬なり」と絶賛し、わが子同然に育てたといいます。その後は曹真らと共に虎豹騎の指揮を任され、多くの戦いに赴いています。兄弟同然に育った曹丕(そうひ)にも信頼され、呉の討伐の責任者を命じられ、大軍を指揮し呉に打撃を与えました。

 

曹休

 

曹休の後半生はもっぱら呉との戦いに費やされ、敗戦でのショックから亡くなっています。

 

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英雄の死因

 

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みうらひろし

みうらひろし

歴史が好きになったきっかけはテレビの再放送で観た人形劇の三国志でした。そこから歴史、時代小説にはまり現在に至ります。日本史ももちろん好きですよ。推しの小説家は伊東潤さんと北方謙三さん。 好きな歴史人物: 呂蒙、鄧艾、長宗我部盛親 何か一言: 中国で三国志グッツを買おうとしたら「これは日本人しか買わないよ!」と(日本語で)言われたのが思い出です。

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