曹真の有能ポイントはどこ?「攻め」か「守り」かそれとも?

2020年9月3日


 

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仕事が出来る法正に何も言えない文官たち

 

人には得意不得意があります。稀に万能の人というのも存在しますが、全ての人にそれを求めてはならず、自分の強み弱みを理解して育てていくのが重要です。

 

呉軍を撃退する曹真

 

ちょっと話がそれそうになりましたが、今回は筆者の一押し武将・曹真(そうしん)の有能さ……つまり「強み」はどこなのか、を紹介してみたいと思います。曹真のどの辺りが有能であったのか、あくまで筆者の観点で申し訳ないのですが……今回もたっぷりと語らせて頂きます。

 

「武勇」か?

曹真を引き取り養う曹操 +曹丕

 

曹真は曹丕(そうひ)らと共に曹操(そうそう)に育てられました。狩猟で馬上から虎を射たことで、曹操から直属の部隊「虎豹騎(こひょうき)」の隊長として率いさせられたことは有名です。

後ろ向きになって弓矢を放ち虎を倒す曹真 虎豹騎

 

これは曹真の武勇の有能さを表したエピソードですが、筆者は曹真の有能さは武勇だけではないと思います。このことを念頭に置きつつ、次に行きましょう。

 

三国志演義とは違うぜ!

バチバチやりあう孔明と曹真

 

ここで少し三国志演義の話も交えていきましょう。三国志演義の曹真は諸葛亮(しょかつりょう)司馬懿(しばい)の引き立て役であり、かなりの無能な人物として描かれています。

 

孔明の計画をぶちこわす曹真

 

しかし実際には、曹真は第一次北伐の際には趙雲(ちょううん
)
らの軍勢を撃退、天水(てんすい)三郡(さんぐん)を奪取、そして諸葛亮の再北伐を予見して陳倉(ちんそう)に軍を置いて翌年の防衛に成功するなど、諸葛亮とのやり合いに勝利しているほどです。このことから、正史の曹真は諸葛亮に肉薄(にくはく)するほどの統率力があったと言えるでしょう。

 

攻め手は苦手だったのか?

雨の中進軍する曹真

 

その一方で、蜀に攻め込んだ時には成果を挙げることは敵いませんでした。このことから曹真は攻め手は苦手と言われることもありますが、この時の撤退は秋の長雨によって補給が上手くいかなかったためであり、敗北したというよりは撤退、被害を甚大にする前に「上手に引いた」と言うこともできます。つまり曹真は状況を上手く見てまとめられるだけの力があったと思うのです。

 

鎮圧面でも

魏の重鎮になった曹真

 

因みに曹真は220年に起こった張進(ちょうしん)の反乱に配下を派遣して平定するなど、鎮圧の手際も中々です。これより以前にも曹操の平定(へいてい)に同行して出世するなど、手柄も挙げています。なので決して守りだけの人ではありません。

キングダムと三国志 信と曹操のはてな(疑問)

 

では曹真の強み、有能さはどこなのか?

いよいよ筆者の真意に迫って頂きましょう。

【次のページに続きます】

 

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両親の持っていた横山光輝の「三国志」から三国志に興味を持ち、 そこから正史を読み漁ってその前後の年代も読むようになっていく。 中国歴史だけでなく日本史、世界史も好き。 神話も好きでインド神話とメソポタミア神話から古代シュメール人の生活にも興味が出てきた。 好きな歴史人物: 張遼、龐統、司馬徽、立花道雪、その他にもたくさん 何か一言: 歴史は食事、神話はおやつ、文字は飲み物

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