正史三国志、邴原伝に以下のようにある。
孔子の子孫らしからぬ事でお馴染みの孔融が、北海国の相だった頃、個人的に気に入った男を取り巻きにつけていたが、ささいな事で男を嫌悪するようになり逮捕して処刑しようとした。
役人たちは、びっくりして男の為に命乞いし、男も額から血が出るまで床に頭を叩きつけて赦してくれるように願ったが、孔融の気持ちはほぐれない。しかし、命乞いをする役人の中に、1人だけ何もしないで座っている男がいた計左の邴原である。
孔融は気になり、どうして君は命乞いしないのかね?と聞いた。
すると邴原は、私はあなたのやっている事が理解できませんと言い、
「その男は、つい最近まであなたのお気に入りであり、必ずや中央に推挙すると口癖のように仰り、その寵愛は息子に対するようでした。しかし、今では仇のように憎み殺そうとされる、一方では憎み、一方では愛するどうして、1人の人間の中で相容れない感情が同居できるのでしょう?私はそれが分からないので、どうすればよいか決めかねています」と答えた。
すると孔融は、
「この男は卑しい身分だった。わしは、哀れに思い、男の兄弟の面倒を見てやった。しかし、この男は、わしの恩義に対して仇で返したのだ。その人間が善であれば昇進させてやり悪なら罰を与える。これが君主の道ではないか?
最近、泰山郡の太守になった応仲遠は1人の孝廉を推挙させたが10ヵ月したら殺した。君主の恩愛とはこういうものだ。どうして恒常的であろうか?」
邴原は
「応仲遠はひどく混乱しているようです。孝廉とは国家の選良であり国の役に立つ存在。孝廉を推挙して、これを殺したのならば間違いです。もし彼を殺したのが正しいならそれを推挙したのは間違いです。いずれにも応仲遠の道義はありません。これを参考にするのは不適切です」
すると、孔融は大笑いし
「今のはちょっとした冗談である」として切り抜けようとした。
これを受けて邴原は
「君子の言動と行動は、社会に大きな影響を与えるものです。どこの世界に人を殺そうとしながら、それを冗談と言ってすます道理がありましょう?私は真剣に話しているのです」
孔融は、すっかりやり込められてしまい沈黙するしかなかった。屁理屈大魔王の孔融を黙らせた邴原はスゴイ。
そして、人を推挙するのは国家の為であり、個人のエゴで推挙してはいけない。そいつが不義理をしても、それは私事だから人事とは関係ないとは、立憲主義の最たるもので非常に感銘を受ける。情実人事などというのは、頭が混乱しているヤツがやる事なんだな。でも多くの人は、邴原が杓子定規でオカシイと思うだろう。そこが悲しい。