ウィンストン・チャーチルは第二次世界大戦勃発までオワコン政治家だった

はじめての三国志_ページネーション

こちらは2ページ目になります。1ページ目から読む場合は、以下の緑ボタンからお願いします。

チャーチルはオワコン政治家だった(1P目)




ドイツ、ポーランド侵攻 チャーチル海軍大臣へ

 

1939年8月23日世界中が驚く大事件が起きました。独ソが不可侵条約(ふかしんじょうやく)を締結したのです。イデオロギー的に相容れない両国の同盟により、ソ連にドイツの背後を牽制させるという英国の目論見は完全に外れました。

 

逆に英仏とソ連の挟撃を回避したドイツ軍は、1939年9月1日、ポーランドへ侵攻を開始します。もはや対独融和など何の役にも立たないと悟った英国議会はドイツ宣戦をチェンバレンに要求、閣僚にまでせっつかれて9月2日にチェンバレンは宣戦布告しました。

 

ドイツと開戦した以上、チェンバレンは5年間もの間、ヒトラーの脅威を説き続けたチャーチルを無視するわけにはいきません。こうして、チャーチルは24年ぶりに海軍大臣となり海軍省執務室(かいぐんしょうしつむしつ)に入ります。

 

海軍から離れブランクがあったチャーチルですが、コネを使って政府の軍事情報を入手し、1935年からは帝国防衛委員会付属(ていこくぼうえいいいんかいふぞく)の防空研究委員会に所属していたので、航空機についての最新知識もそれなりに持ち、準備は万端でした。




チャーチル65歳にして英国首相に就任

 

第二次大戦開戦後も、ドイツと講和して早期の平和実現を願っていたチェンバレンですが、チャーチルはこの戦いがヒトラーを打ち負かさない限り終わらないだろう事を覚悟していました。1940年4月9日、ヒトラーは北欧侵攻を開始、デンマークを1日で陥落させたドイツ軍はノルウェーの港に次々と上陸してきました。

 

チャーチルも対抗して英仏軍をノルウェーに上陸させたものの、チャーチルの作戦は全て裏目に出てしまい、精強なドイツ軍に粉砕されて敗退します。北欧を抑える事で欧州中央の戦場化を回避すべく動いたチャーチルの作戦は失敗、ガリポリ以来の戦下手大臣のレッテルを再び受けてしまいました。

 

海軍大臣辞任も覚悟したチャーチルですが、意外にもノルウェー作戦失敗の非難の矛先は首相チェンバレンに向かっていました。

 

すでにヒトラーをつけあがらせて求心力を失ったチェンバレンからは、与党議員さえも離れていき、政権を維持したいチェンバレンは労働党議員を閣僚に起用して挙国一致内閣(きょこくいっちないかく)で政権を強化しようと考えるようになります。

 

しかし、労働党はチェンバレンを首相にした挙国一致内閣を拒否し、代わりにチャーチルを首班とする連立政権を要望しました。労働党にとってのチャーチルは労働紛争を何度も弾圧した憎むべき相手でしたが、チャーチルだけが5年前から、世間の逆風をものともせずにヒトラーの危険性を指摘し続けた、唯一の保守党の政治家でした。

 

英国世論もまた、チャーチルが正しかった事を素直に認め、逆風に耐えて信念を曲げなかったチャーチルに敬意を示したのです。ナチスドイツが欧州を席巻し、英国の運命さえ風前の灯に見える今、最後までヒトラーに中指を立て続けられる、タフでイカれた政治家は誰なのか?

 

それは、ウィンストン・チャーチルしかいませんでした。1940年5月10日午後6時、チャーチルはバッキンガム宮殿で国王ジョージ6世より組閣の大命を受け第1次チャーチル内閣を組閣します。

 

5月13日に首相として庶民院へ入ったチャーチルはこう演説しました。

 

「我々の目的が何かと問われれば、一言で答えられる、それは勝利だ。どれほどの犠牲を出そうと、どんな苦労があろうと、そこに至る道がいかに長く困難であろうと勝利のみである!」

 

それから5年後、チャーチルは宣言通りにヒトラーを打ち負かし、英国の歴史に輝かしい1ページを刻むのです。




まとめ

 

チャーチルは才能はあったものの、子供の頃から偏屈で協調性がない問題児でした。かわりに自分がこれと思った事には、脇目も振らずにやり遂げるのです。

 

実は、そのような性格の傾向はヒトラーにもありました。チャーチルはヒトラーの中に自分と同じヤバさを感じ同類だからこそ、ヒトラーの野望が行きつくところまでいかないと済まないと直感し、妥協すべきではないと言い続けたのではないでしょうか?

 

関連記事:諸葛亮とイギリスの挙国一致内閣の人チャーチルとの共通点

関連記事:どうして東洋では産業革命が起きなかったのか?

 

ゆるい都市伝説 Youtubeチャンネル

 




< 1

2

  • コメント: 0

関連記事

  1. 医者の顔もあるコナン・ドイル
  2. ベンジャミン・フランクリン
  3. バイクで旅行をする関羽
  4. 柊の木の上に輝くファティマの聖母
  5. 悪魔が封じられた箱「ディビュークの箱」

コメント

  • コメント (0)

  • トラックバックは利用できません。

  1. この記事へのコメントはありません。




はじめての三国志企画集

“はじめての三国志企画特集"

“楚漢戦争

“荀彧

“3冊同時発売"

“魏延

“馬超

“官渡の戦い"

“馬謖"

“郭嘉

“if三国志

“三国志人物事典

まるっと世界史




PAGE TOP