趙岑とはどんな人?三国志演義では華雄と添えられた勇将

2020年10月16日

編集体制の詳細を見る
kawauso編集長(石原 昌光)

編集責任者

kawauso編集長(石原 昌光)

「はじめての三国志」にライターとして参画後、歴史に関する深い知識を活かし活動する編集者・ライター。現在は、日本史から世界史まで幅広いジャンルの記事を1万本以上手がける編集長に。故郷沖縄の歴史に関する勉強会を開催するなどして地域を盛り上げる活動にも精力的に取り組んでいる。FM局FMコザやFMうるまにてラジオパーソナリティを務めるほか、紙媒体やWebメディアでの掲載多数。大手ゲーム事業の企画立案・監修やセミナーの講師を務めるなど活躍中。

コンテンツ制作責任者・おとぼけ(田畑 雄貴)

コンテンツ制作責任者

おとぼけ(田畑 雄貴)

PC関連プロダクトデザイン企業のEC運営を担当。並行してインテリア・雑貨のECを立ち上げ後、2014年2月に「GMOインターネット株式会社」を通じて事業売却。その後、「はじめての三国志」を創設。現在はコンテンツ制作責任者として「わかるたのしさ」を実感していただけることを大切にコンテンツ制作を行っている。キーワード設計からコンテンツ編集までを取り仕切るディレクションを担当。

提供する掲載情報について

『はじめての三国志』は、複数の企業と提携し情報を提供しており、当メディアを経由して商品への申込みがあった場合には、各企業から支払いを受け取ることがあります。

ただし、当メディア内での商品評価に関して、提携の有無や支払いの有無が影響を及ぼすことはありません。また、当メディアで得た収益は、読者の皆様により役立つコンテンツ制作へ還元し、情報の正確性担保に努めています。

詳しくは 編集ポリシー をご覧ください。


 

はじめての三国志コメント機能バナー115-11_bnr1枠なし

正史三国志 vs 三国志演義で揉める現代人

 

正史三国志は歴史書、三国志演義はそれを元にした歴史小説、なんて良く言われていますね。しかし正史に比べて三国志演義は創作の部分が多く、言い得て妙な表現だと思います。

 

そんな創作の部分から、今回はとある人物……趙岑(ちょうしん
)
とその上司になった華雄(かゆう)についてご紹介しましょう。

 

華雄、出る(胡シン、格下げられる)

三国志演義_書類

 

まずは趙岑の話をするため、三国志演義のお話から。

 

橋瑁が決起文を送り反董卓連合軍結成

 

暴虐の限りを尽くす悪逆非道な董卓(とうたく)を討伐せんと結成された反董卓連合軍。そしてその反董卓連合軍に対抗するため集められたのが汜水関のそうそうたる面子。勇猛果敢かつ巨漢で知られる華雄が総大将となり、趙岑、李粛、そして「正史だと華雄の上司の」胡シンが防衛に当たります。

 

袁術の活躍により盛り返す汜水関防衛軍(※袁術は反董卓連合軍です)

袁術

 

しかし先方の孫堅(そんけん)軍が猛攻をかけ、防衛軍は劣勢に劣勢を重ねてしまいます……だがそこに颯爽と現れたのは反董卓連合軍の袁術(えんじゅつ)!なんと(味方の)孫堅軍を兵糧攻めにすることで指揮を大幅下げるという奇跡の一手によって孫堅軍も連戦を続けられなくなる!

 

孫堅の身代わりになり逃走する祖茂

 

今こそと奮戦するは華雄たち!その武勇によって孫堅軍の祖茂(そも)を討ち取った!ありがとうございます袁術さん今度ハチミツとか贈るね(妄想表現)!と、汜水関(しすいかん)防衛軍は一見優勢になったかに見えましたが……。

 

「げぇ!関羽!」(ちょっと早すぎる)

関羽VS華雄

 

ここで出てきたのが関羽、猛将華雄をそれはもうあっさりと討ち取ってしまいます。そして董卓は洛陽(らくよう)を焼き、長安(ちょうあん)遷都(せんと
)
を決意。

 

炎上する城b(モブ)

 

趙岑らは董卓の合図に合わせて汜水関の門を開き、なんとここから行方不明……いや、というか華雄討ち取られたけど君は生きていたのか……ということで、三国志演義からオリジナルキャラクター趙岑は退場します。

 

憤死する麋竺(モブ)

 

おわかりいただけただろうか……趙岑はどうして出てきたのか良く分からないのです……では面白くないので、ここでは趙岑が追加された理由を考えてみたいと思います。

三国志演義の華雄

華雄(かゆう)

 

で、その前にちょっと三国志演義の華雄についてもご紹介しましょう。

 

三国志演義の華雄はなんと身長2mという巨漢であり、董卓軍の猛将として登場します。そして前述したように、上司の胡シンを部下に、そして新しく趙岑という人物まで部下として出てきます。

 

赤い毛織の頭巾をかぶった祖茂

 

そんな華雄は汜水関の防衛時に部下である(ここ重要)胡シンこそ討ち取られますが、孫堅配下の祖茂を始めとして袁紹配下の鮑忠、袁術配下の兪渉らなどを討ち取り、最終的に都督にまで上り詰めます。

 

関羽登場

はじめてのプロ野球 関羽

 

このような猛将がいる上に、数々の自軍の猛将たちも討ち取られる、その上汜水関は堅牢な場所でどうやって攻め込んでいけば……となる反董卓連合軍に名乗りを上げたのは関羽(かんう)

 

関羽

 

名だたる名将、猛将たちを破った華雄でしたが、関羽に一太刀の下に斬られ、あっさり過ぎるほどの退場をします。このシーン、関羽の驚くほどの武勇がこれでも強調されていると同時に「それはそれで物語としてどうなんだよ……」という何だか黒い感情も沸き上がってくることもあるので、まだ未踏の方はぜひ三国志演義でご確認下さい。

 

正史の華雄は?

周瑜、孔明、劉備、曹操 それぞれの列伝・正史三国志(本)

 

さてそんな関羽の活躍の場面の一つにされてしまう猛将華雄。実は華雄は正史に伝はありません。なんと関羽伝にすらありません。

 

正史三国志_書類

 

ならどこにいるかと言うと、呉の孫堅伝にその名前が出てくるという人物です。つまり三国志当時は華雄は下手をすると呉でしかその名前が知られていなかった可能性すらあるのです。なお正史では孫堅伝の敵として登場するので「孫堅さまはめっちゃ強かったよ(とても意訳)」で終わります。

 

哀れ、華雄……名前だけは華々しくて勇猛そうなのに。

 

三国志演義の趙岑と華雄

ポイント解説をするセン様

 

さて三国志演義の趙岑ですが、どうしてそんなキャラクターが出てきたのか?

 

個人的には趙岑は華雄と言うキャラクターが幾人もの部下を従える猛将、というイメージを付けるためだと思っています。前述したように、華雄は三国志演義の方がより輝いているという存在です。

 

そういう人物にはより多くの配下がいた方がいい、と思われたのかもしれませんね。ただまあ、追加した割には活躍もなくちょっと退場が雑だなぁ……なんて、思っちゃったりもしますけどね!

 

三国志ライター センのひとりごと

三国志ライター セン

 

今回は三国志演義のオリジナルキャラクターである趙岑、そして華雄についても触れてみました。振り返ってみると華雄って名前、なんか凄くカッコイイ感じがしますね。

 

もしかしてその名前があって、華雄は三国志演義の方では活躍させられたのかな、と思うとあの時代は名前の響きが重要視されていた、とも考えられて、何だかとても面白いと感じました。

 

参考文献:呉書孫破虜討逆伝 孫堅伝

三国志演義

 

関連記事:『英雄記』から判明した逸話!華雄は呂布と胡軫の争いに巻き込まれて死んでいた?

関連記事:華雄の最期とは?董卓軍の猛将はフェードアウトがあっさりすぎる?

関連記事:華雄は孫堅の引き立て役に過ぎない、三国志演義と正史三国志を比較

 

呂布対項羽

 

 

はじめての三国志を、もっと読みたい方へ
Google検索であなたの優先ソースに登録しておくと、はじ三の記事が上位に出やすくなります。
  • この記事を書いた人
  • 最新記事
セン

セン

両親の持っていた横山光輝の「三国志」から三国志に興味を持ち、 そこから正史を読み漁ってその前後の年代も読むようになっていく。 中国歴史だけでなく日本史、世界史も好き。 神話も好きでインド神話とメソポタミア神話から古代シュメール人の生活にも興味が出てきた。 好きな歴史人物: 張遼、龐統、司馬徽、立花道雪、その他にもたくさん 何か一言: 歴史は食事、神話はおやつ、文字は飲み物

-三国志の雑学
-