孫権の晩年に、王表という神と名乗る人物が出て、呉の各地を回って民間人と交わっていた。王表は、飲食も言語も人と変わらないが誰にも姿形を見せる事がなく、全ては紡績という婢を通じて行われていた。
孫権は李崇という人物を派遣し、郡太守と共に王表を論破しようとしたが誰も勝てなかった。王表は孫権に屋敷を与えられいくつかの諮問を受けて旱魃の有無や些細な事を相談し、おおむね的中した。
おそらく王表という神はいなくてこの婢の紡績が王表なんだろうな。腹話術のようなものを会得していてさも、誰もいない所から声がするように工夫したんだろう。でも、女性が学問をする事が非常に珍しかった三国志の時代に郡太守や李崇を言い負かすんだから紡績は、大変な才女だったに違いない。
この王表は孫権の皇后潘氏が暗殺されるといずこともなく姿を消したらしい腹話術を止めただけだろうな。