【三国志時代の人口算出】駱統の行政手腕




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ストイックすぎる仁徳者・顔回(文官)

 

駱統は袁術に殺された駱俊の子ですが、母が華歆の側室になった縁で呉に仕官し20歳で烏程相を務めたそうです。烏程の人口は増えて万戸を過ぎて、皆その才能と徳に感嘆したとあります。

 

多様化が進む蜀の国(文官)

 

当時は核家族だったそうですが、それでも一世帯を5人と考えると人口5万人の当時としては大都市です。蜀なんか全体で人口100万人に届かないんですからね。こんな風に人口が分かるような記述は珍しくなんだか面白いなと思ったので取り上げました。

 

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