三国志演義の主人公、劉備は前漢の中山靖王劉勝の末裔とされます。しかし、それは自称で本当の事は分からないとされますが、あるいは本当に皇帝の子孫であったかも知れない説があります。
「属尽」という身分を利用した劉備
それは、皇帝の末裔の中で遠すぎて特に特権がない属尽(ぞくじん)と呼ばれる人々に税金や雑役の免除を与える制度を西暦159年、後漢の桓帝が施行した事です。属尽と認められれば税金が大幅に軽くなるとなれば、申し出が殺到するのは道理でそれにより租税収入が減少する州郡では反対運動が起きました。
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劉備の将来の夢
劉備は幼少期に、「俺は将来天子になるんだ」と口走ったり、父親を早くに失くしたにも関わらず叔父の援助で学資をえて遊学したりしていますがこれは涿郡の劉氏が、自分達は皇帝の末裔だということを内外に示す為に行うパフォーマンスだったと考えられるそうです。
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三国志ライターkawausoの独り言
宮廷もバカではないので、劉氏だから皇帝の末裔です程度の詭弁では属尽とは認めずそれなりに確かな証拠を求め、それに見合う証拠を涿郡の劉氏は出したと考えられます。ものすごく遠い事に違いはないですが、劉備は本当に皇帝の末裔だったかも知れません。
参考:wikipedia
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