[孫堅の秘密]三国志での役割、真相に迫る!

2024年2月12日


三国志ライター黒田レン

 

 

孫堅(そんけん)が活躍した時代は三国志の初期の頃なのはみなさん知っていると思います。この頃の曹操(そうそう)劉備(りゅうび)はまだあまり活躍をしていませんでしたが、孫堅だけはずば抜けて天下にその名を轟かせていました。しかし孫堅は英雄たる素質を持っていたのでしょうか。今回は孫堅が英雄たる人物だったのか調べてみたいと思います。

 

 

 

監修者

ishihara masamitsu(石原 昌光)kawauso編集長

kawauso 編集長(石原 昌光)

「はじめての三国志」にライターとして参画後、歴史に関する深い知識を活かし活動する編集者・ライター。現在は、日本史から世界史まで幅広いジャンルの記事を1万本以上手がける編集長に。故郷沖縄の歴史に関する勉強会を開催するなどして地域を盛り上げる活動にも精力的に取り組んでいる。FM局FMコザやFMうるまにてラジオパーソナリティを務める他、紙媒体やwebメディアでの掲載多数。大手ゲーム事業の企画立案・監修やセミナーの講師を務めるなど活躍中。

コンテンツ制作責任者

おとぼけ

おとぼけ(田畑 雄貴)

PC関連プロダクトデザイン企業のEC運営を担当。並行してインテリア・雑貨のECを立ち上げ後、2014年2月「GMOインターネット株式会社」を通じて事業売却。その後、「はじめての三国志」を創設。戦略設計から実行までの知見を得るためにBtoBプラットフォーム会社、SEOコンサルティング会社にてWEBディレクターとして従事。現在はコンテンツ制作責任者として「わかるたのしさ」を実感して頂けることを大切にコンテンツ制作を行っている。キーワード設計からコンテンツ編集までを取り仕切るディレクションを担当。


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英雄の定義とは!?

呉の孫堅

 

 

孫堅が英雄たり得る人物だったかを紹介する前に英雄の定義とは一体何なのでしょうか。皆さんの英雄の定義はなんですか。カリスマ性があり、頭が良くて、国家を建設したりですか。それともカッコよくて、強い人物でしょうか。『はじめての三国志』の読者には色々と英雄の定義を持っている方がいらっしゃると思います。その中で著者の英雄の定義は戦に強く、世間に名前が知られている事を英雄の定義にし、この二つに孫堅が当てはまるかどうかで英雄だったのか調べてみたいと思います。

 

 



【英雄の定義その1】孫堅は戦に強かったのか??

海賊を討伐する孫堅

 

英雄の定義その1として孫堅は戦に強かったのでしょうか。この点は間違えなく孫堅が戦の強い人物で、この定義に当てはまると思います。孫堅は戦にめっぽう強い人物で、董卓(とうたく)討伐戦の時に彼の戦の強さが発揮されることになります。孫堅は董卓軍の中でも優れた将軍の一人である華雄を討ち取ることに成功し、董卓の本拠地であった洛陽近辺にまで一気に進出することになります。董卓は孫堅軍の勇猛さに驚き恐れ、洛陽から長安へと撤退することになるのです。

 

董卓を討伐しようとして結成された反董卓連合軍の誰も洛陽の近くに進出することができなかった事を考えれば、孫堅がどれだけ戦に強い武将だったのかわかると思います。

 

 

【英雄の定義その2】孫堅は天下に名前を知られていたの??

孫堅、孫賁

 

 

英雄の定義その2としては孫堅が天下に名前を知られていたのかです。この点も孫堅は英雄の定義に当てはまる人物だったと思います。孫堅は反董卓連合軍の中で董卓を単独で追い詰め、董卓を洛陽から去らせることになった要因を作ります。このことがきっかけで天下に孫堅が勇猛果敢な武将として名前が知れ渡ることになります。

 

 

 

孫堅は英雄たる人物であった

亡くなる孫堅

 

孫堅は黒田レンの【英雄の定義】に両方とも当てはまっており、英雄たる人物だったのではないのでしょうか。しかし孫堅は英雄たる人物であっても寿命に恵まれませんでした。孫堅は袁術から劉表(りゅうひょう)討伐を命じられると、劉表の居城・襄陽を包囲して追い詰めます。しかし孫堅は単騎で襄陽郊外の峴山(けんざん)という場所を通行中に劉表軍の攻撃を受けて亡くなってしまいます。

 

スキッパーキ(はてな)

 

 

どうして単騎で孫堅がこのような場所を通行していたのか知りませんが、もしこの時に孫堅が討ち死にしなければ、孫堅の勢力はかなり大きくなり、袁家の兄弟に匹敵するほどの勢力を築くことができたでしょう。そして孫堅が袁家兄弟の勢力に匹敵するほどの勢力を確保することができれば、三国志の歴史はかなり違った方向へ動いたのではないのでしょうか。

 

 

 

三国志ライター黒田レンの独り言

三国志ライター黒田レン

 

英雄と呼ばれた曹操や劉備も大勢力を築く前に色々な失敗を犯しています。しかし孫堅は董卓討伐戦までに大きな失敗や敗戦をあまり経験したことがありませんでした。もし孫堅が董卓討伐戦前もしくは董卓討伐戦において、戦いで敗北している経験を持っていれば、劉表軍の攻撃を受けるような不用意な事をしなかったのではないのでしょうか。孫堅が敗北の経験を持っていなかった事だけが唯一の失敗だったとレンは思います。

 

■参考 正史三国志呉書等

 

 

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黒田廉(くろだれん)

黒田廉(くろだれん)

三國志が大好きです。オススメのマンガは曹操を描いた蒼天航路がオススメです。三國志の小説のオススメは宮城谷昌光氏が書いた三國志です。好きな食べ物はマグロ、ぶり、アジが大好きな猫です。

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