今回は水滸伝の登場人物の一人、玉麒麟こと蘆俊義(盧俊義)についてお話していきたいと思います。
蘆俊義は登場が遅いこともあり、また七十回本の方ではあまり活躍が描かれていないため、見た作品によって評価が分かれる所もある人物ですが、そこは梁山泊No2の好漢。今回はどんな人物か紹介しつつ、彼の魅力もしっかりとご説明していきましょう。
この記事の目次
盧俊義(ろしゅんぎ)とは?「玉麒麟」のプロフィール
さてまず蘆俊義自身について軽くお話ししましょう。天罡星三十六星の天罡星の生まれ変わりで、序列第二位の人物です。
盧俊義は北京大名府の長者
元々は北京大名府の大富豪の商人で、同じく水滸伝の登場人物、天罡星三十六星の天巧星の生まれ変わりである燕青の主人です。金持ちの大旦那ですがそれだけではなく、本人自身も武術にも優れており、「河北の三絶」と呼ばれています。
あだ名「玉麒麟」の由来と席次第二位の意味
そんな蘆俊義の呼び名、あだ名は「玉麒麟」です。玉は宝石、麒麟は中国伝説上の生き物のことであり、獣たちの長、とても慈悲深く、神聖な生き物のことを差します。これは蘆俊義が、風采、人格、気品と様々な美点が備わっていることからついたあだ名です。
そんな蘆俊義がどうして梁山泊の席次第二位になったかというと、元々梁山泊の首魁であった晁蓋は、自らの仇を打てた者が次の首魁であると指名しました。この仇である史文恭を討ったのが蘆俊義であったため、一時的に首領となっていた宋江はその座を譲ろうとしましたが、蘆俊義はこれを固辞。譲り合いの末に結論が出ず、東平府と東昌府を攻めて早く落とした方を首領とすることとなりました。これで先に東平府を攻め落として蘆俊義の救援に来た宋江を首領、そして盧俊義を副首領としたのです。
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人生の転落…梁山泊入りの経緯が理不尽すぎる
そんな蘆俊義の梁山泊入りですが、何とも……その、はたから見ていて「うわあ」と言いたくなるようなもの。もともと宋江が梁山泊にはまとめ役が必要だ!ということでお眼鏡にかけられてしまったのが玉麒麟とまで呼ばれる蘆俊義、ここで出てくるのが梁山泊の知恵とうっかり担当・呉用先生。
占い師に化けて蘆俊義に「剣難の相が出ているから東南(梁山泊)に行くといいでしょう」と言われて燕青に止められるも赴いてしまう。そこで梁山泊に掴まり歓待され意気投合するもこの時は仲間入りを固辞、しかし帰ってみると燕青は家を追い出されて浮浪者になっており、執事の李固と妻が家を乗っ取ってしまったというではありませんか。
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妻と執事・李固の裏切り
しかし蘆俊義それを信じず家に帰ると執事と妻が通じており、更に自分は賊(梁山泊)と通じたという罪で逮捕された。そこから殺されそうになったりもう一回捕まったり死罪判決出されたりして何とか助けられて蘆俊義は梁山泊入りするのでしたとさ。……あんまりじゃないか?そう思った貴方は正しい。梁山泊入りする人、だいたいあんまりな入り方をされます、これ豆知識ネ。
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水滸伝「最強」は盧俊義か?武勇伝を検証
ここで気になるのが蘆俊義はどのくらい強いのか?という所。正直、ここまでの解説だと「どの辺りが武勇にも優れているんだ……?」と不安になることでしょう。
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史文恭(しぶんきょう)を一撃で生け捕る
しかし蘆俊義は前首魁、晁蓋の仇であり、梁山泊の怨敵とも言える史文恭を一喝のち一撃で生け捕る強さを梁山泊入りする際に見せています。
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林冲・関勝との強さ比較
またそれだけではなく、後半でも関勝、呼延灼、徐寧、索超が四人がかりで戦った耶律得重の四人の息子を相手に一人奮戦、そのうち一人を討ち取り他の三人を敗走させた一件を見ると、
彼らだけでなく、索超と互角の勝負をする楊志、更には嘗て楊志と打ち合うも決着がつかなかったため互角と言える林冲よりも一段上の強さを持っていると言えるのではないでしょうか。惜しいのはどうにも加入する際のイメージが強すぎること、この後半まで読んでいない読者もいること、これらのイメージからどうにも蘆俊義の強さが伝わりにくいのですよね……。
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盧俊義の最期:英雄を待っていた悲しい結末
そんな比類しがたい強さを持っていた蘆俊義は、とてもあっけない結末を迎えます。朝廷から招安を受けた梁山泊軍は様々な朝廷の敵たちと激戦を繰り広げさせられます。
方臘(ほうろう)討伐後の栄光と影
そして強大な敵である方臘の乱の鎮圧、その終了後に蘆俊義の忠実な元部下である燕青は軍を離れることを進言するも、やはり蘆俊義はこれを受け入れず。
水銀入り団子による毒殺
廬州安撫使・兵馬副総監に任命されるも、任地へ赴いた盧俊義は謀反を疑われ、食事に水銀を盛られます。そうして水銀の中毒症状で腰の痛みが現れ、河に落ちて溺死するというあまりにも悲惨な終わりを迎えるのでした。水滸伝、基本的にあまり報われる人物はほぼいませんが、やはりっこの終わりはきついものがありますね。
忠臣「燕青(えんせい)」との絆
さて蘆俊義を語るならもう一人語っておかなければいけないのが燕青です。幼い頃、孤児となっていた燕青を拾ったのが蘆俊義で、様々な武芸や学問など、豊富な教育を施しました。これによって各方面に多彩になりながら蘆俊義への恩に報いる忠臣、燕青が生まれたのです。
燕青は度々蘆俊義に正しい忠告をするだけでなく、家を追い出されて浮浪者となっても蘆俊義の身を案じ、更に忠告を聞き入れずに捕まった蘆俊義を助けようと奮戦、この際の驚異的な弩の腕前は悪漢、いいえ圧巻の一言。梁山泊入りした後も元主人の傍を離れず、戦闘面だけでなく、芸事にまで通じる燕青は下手をすると蘆俊義以上に活躍の場を得るのでした。
……蘆俊義は確かに燕青を可愛がっているのですが、なぜか致命的な所で燕青のいうことを聞かないんですよね。それが読者としては見ていて歯がゆいまであります。
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主人を救い続けた「浪子」燕青
因みに燕青のあだ名は「浪子」ですが、これは彼が細身で小柄でありながら容貌よく、全身に見事な刺青をしている伊達者であるという所から来ています。
さて、そんな燕青は朝廷にとって既に梁山泊が邪魔でしかないことを察して蘆俊義に離れるように忠告するも、蘆俊義はこれを受け入れません。燕青はこれに涙を流し、いとまごいをします。蘆俊義は「私を置いてどこに行くのか」と問いかけ、燕青は「いつも貴方様のお傍に」そういって燕青は去り、蘆俊義は河で溺死するのでした……口惜しさだけでなく、どこか寂しさも感じる主従の終わりを迎えます。
個人的には宋江と宋江を慕う李逵が宋江自身に毒殺されて道連れにされるも、李達はそれを知って尚「どこまでも兄貴についていくよ」と返したこのやり取りと対照的にしているのではないかと思うのですが、想像しすぎでしょうか。哀しい終わりを迎えますが蘆俊義と燕青の絆もまた水滸伝の見所ですので、ぜひ水滸伝は百二十回本を見て欲しいですね。
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三国志ライター センのひとりごと
実はちょっと蘆俊義については思うところありまして。蘆俊義は前首魁、晁蓋の仇であり、梁山泊の怨敵とも言える史文恭を一撃で生け捕ると言いましたが、ここが個人的に蘆俊義を描く上での筆者の不満ポイントです。
というのもあっさりしすぎているんですよね、それ故に何だか強さがあまり伝わってこない、もっというと史文恭との因縁ポイントでもあるのですから、ここはもっと蘆俊義に大立ち回りをさせてくれ~!とずっとずっと思っているのです。ただ水滸伝は今までだけでなくこれからももっと様々な描き方をされていくと信じていますので、
ぜひ!ぜひこの戦いを濃密に描いた水滸伝が世の中に広まってほしく思います。チャポーン。
参考:水滸伝
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