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飛信隊は兵法における死地へ
さて、飛信隊の状況は兵法における死地です。
死地とは全く生還の余地がない
絶体絶命の窮地を意味します。
飛信隊は
前を邯鄲の城壁
背後を10万の大軍に
挟まれています。
さらに飛信隊は速度を最優先し
友軍との連携は取れていません。
羌瘣隊は近いものの
それでも総兵力は2万前後
李牧軍の5/1に過ぎません。
さらに飛信隊は
退却ルートを確保していません。
土地勘もなくどこに行けば
趙の領域から抜けられるか
知っている者もいません。
情報を総合すると河了貂がポンコツ
飛信隊の敗因は、河了貂が
前進する事を最優先にしてしまい
退路を確保しなかった点につきます。
そもそも索敵もしていないので
李牧の10万の大軍の接近にも
全く気づけませんでした。
ポンコツの極みです。
李牧はどうやって10万を集結させたのか?
はい、読者の皆さんが考えているのはこれ!
どうやって李牧が10万の大軍を集めたのか?
理屈としてはこうです。
琉安に命じて伝令を無数に立てて
飛信隊や羌瘣隊に逃げられた部隊に
伝令を出す。
伝令は一つだけです。
「予め集合場所として決めておいた
邯鄲後方の〇✕地点に集まれ」
最初にこの合意があれば、
全員、趙の人間なので無理なく
集合ポイントに集まれるでしょう。
ただし、李牧軍は飛信隊を追って
移動しているので琉安の伝令が
すんなり合流できるとは限りません。
この点をクリアできる方法があれば
一度は包囲を解かれた飛信隊を
再度包囲するのは可能です。
なのでワープか無線機ですね。
馬陽の戦いを思い出すってバヨウ
絶望的な状況下におかれて
李信は15年前の馬陽の戦いを思い出します。
あの時は李牧のデビュー戦であり
旧六大将軍の王騎が李牧の姦計によって
龐煖に討たれた屈辱の日でした。
あれから15年、
今度は同じ李牧に李信が追い込まれています。
15年前の馬陽の戦いを
思い出すってバヨウ…
ぷっ!!
しかし、あの時、王騎は自らが死んでも
その配下を生き延びさせるために
全力を尽くし、それを実現しました。
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