神話時代から始まった封禅の儀式。
真の皇帝にしか許されない儀式で、三国志以前の時代にこの封禅の儀式を行ったのは
たったの六人でした。
三国志の時代は魏・呉・蜀と三人もの皇帝が国を立てて争っていた時代ですが、
誰ひとりとしてこの封禅の儀式を行った皇帝はいませんでした。
なぜこの封禅の儀式を行おうとしなかったのか。
今回はこの点についてレンの私見を述べたいと思います。
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封禅の儀式を行うための条件とは・・・・。
その前にこの封禅と言われる儀式は文献に残っていないため、三国志以前の皇帝達は
勝手にこんな感じかなっと推察して封禅の儀式を行っていたそうです。
そのためどの皇帝がどのようにして封禅の儀式を行っていたのかは全くわかりません。
しかし封禅の儀式を行うための条件は明確にされておりました。
その条件とは真の皇帝として功績・天下を収めた徳が高い人物にのみ
許されている行為だそうです。
この真の皇帝たる条件は現在のようにチェックシートなるものが古代中国にはなかったため、
民衆らの評判や家臣達の評判、皇帝自らの意思などによって決められておりました。
また封禅の儀式は天下統一などの偉業を成し遂げた皇帝の初代もしくは二代目が行う儀式と
されておりました。
封禅の儀式を行った始皇帝や後漢王朝の始祖である劉秀(りゅうしゅう)は、
自らの功績が封禅の儀式を行うための条件を備えていると考えて行ったそうです。
では上記ふたりがどのような偉業を成し遂げたのでしょうか。
始皇帝の偉業とは
始皇帝は春秋・戦国時代から続く戦乱の世に終止符を打つため、
各国を討伐して天下統一を成し遂げた人物です。
彼は皇帝という尊称を考えて、始皇帝と名乗ります。
彼が行った実績を簡単に表すと
1各国で使われていた貨幣・質量の測り方、文字等を統一。
2郡県制・法を制定し、中央集権制を確立。
などです。
他にも色々細かい偉業はあるのですが、大きく分類するとこのようなことであるとレンは
考えます。
この偉業によって始皇帝は封禅の儀式を行います。
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光武帝劉秀の偉業とは
前漢王朝滅亡後に出現したチート皇帝・劉秀(りゅうしゅう)。
彼は文武において比類ない能力を発揮したことで天下統一を成し遂げます。
彼が行った偉業は天下統一以外には
1民衆が減少していた状態を回復させるため、
奴隷を幾度も解放することで人口増加を図る政策を推進
2貨幣制度の整備・郡国制の採用
などです。
これらの制度を施行したことによって民衆からの評判は一気に高まり、
彼は封禅の儀式を行うことになります。
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三国の皇帝達は封禅の儀式を行うことのできる功績を持っていたのか
さて三国志の魏の曹丕(そうひ)、呉の孫権、蜀の劉備は上記二人の皇帝のような
実績を残したのでしょうか。
答えはNOでしょう。
三国志の三人の皇帝は封禅の儀式を行う際の最低条件である天下統一をすることが、
できませんでした。
また徳の点についても上記二人に勝てるような要素はなかったように考えます。
これら二つを兼ね備えていなければ封禅の儀式を行う条件と言えなかった為、
彼ら三人は皇帝となりながらも遠慮して封禅の儀式を行わなかったと考えられます。
戦国史ライター黒田レンの独り言
三国志に出現した三人の皇帝は封禅の儀式を行う条件を揃えておりませんでした。
しかしレンが考える人物が天下統一を行っていれば封禅の儀式を行っても不自然ではないと
考えます。
その人物は曹操です。
彼は政治家・軍略家としても名高く、後世に残る実績を数多く残しております。
そのため彼がもし赤壁の戦いで敗北していなければ天下統一は行われていたはずなので、
封禅の儀式をたる資格は十分あると私は考えております。
皆さんはどのように思いますか。
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