中国神話の神というと、三皇にも数えられる女媧や伏羲などの名前がまず思い浮かぶかと思いますが、実はそれよりも以前に、世界そのものを生み出したとされる神がいたとされています。中国神話の創世神、それが「盤古(ばんこ)」です。
しかし、三皇五帝の時代以前に存在していたはずのこの盤古。なんと、司馬遷の『史記』には一切記述されていません。盤古に関する記述のある一番古い書物は、なんと三国時代のものなのです。世界を作り出した最初の神のはずなのに、司馬遷に無視されてしまった謎の神様、「盤古」とは、一体どんな神様なのでしょうか?
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その前に「創造神話」ってなに?
世界には数多くの神話が存在していますが、中でも宇宙や世界、生命や人間の起源を物語る神話を「創造神話」と呼びます。「神話なんだから神様が世界を創るところから始まるのは当然では?」と、思われるかもしれませんが、アフリカ民族やオーストラリアのアボリジニに伝わる神話には創造神話がないことが知られています。
創造神話は人類がアフリカに発祥してから世界全域に広がる過程その最も新しい時代に生まれた神話群の特徴であると言われます。創造神話を含むそれらの神話のことを「ローラシア神話」と呼びます。
創造神話の5つのパターン
一言に創造神話と言っても、ではどのようにして世界が創造されるか、それにはさまざまなパターンが存在しています。代表的なパターンとしては、次のようなものが上げられます。
(1)宇宙は卵から生まれた!!(宇宙卵型)
卵生神話(らんせいしんわ)とも呼ばれ、宇宙や生命、人類の祖先が卵から生まれるとする神話です。硬い殻の中で育ち生まれる鳥のヒナの姿は、まだ科学を持たなかった時代の人たちにとっては神秘的なものだったのでしょう。世界そのものが卵から生まれると考えても不思議ではありませんね。
(2)世界は水底の泥から作られた!!(潜水型)
ルーマニアに伝えられる神話には、海だけしかなかった世界に神と悪魔が海底の泥から大地を作ったという創造神話があります。この、水底の泥から世界が創造されたという類型を「潜水型神話」(泥を取るために潜水するから)と呼び、神と悪魔の確執という善悪二元論的な思想を描いていることが大きな特徴とされます。
(3)世界は神様が産み落とした!!(世界両親型)
人の住むことになる世界を、両親となる神が産み落としたという神話。日本人にとっては「国生み神話」として馴染み深いですね。アジアに広く分布する神話の類型ですが、多くの場合は近親相姦のタブーを語る物語となっている特徴があります。
日本神話でも、伊邪那岐と伊邪那美の間に最初に生まれた人の子の「水蛭子(ひるこ)」が人と認められない奇形であったのは、伊邪那岐と伊邪那美が実の兄妹であったためとする説があります。
(4)世界は神様が創り出した!!(一神教の神話)
これは説明不要かな?造物主たる神が、混沌の中から世界を創り出す神話。旧約聖書の「創世記」が有名ですね。
(5)世界は神や巨人の死体から生まれた!!(世界巨人型)
死んだ神様や人間の祖先の死体から、世界を構成する様々な事物事象が生まれたとするタイプの神話。「死体化生神話(したいけしょうしんわ)」とも言います。死体から穀物などの作物が生じたとする「ハイヌウェレ型神話」この類型に分類されます。「盤古」の神話は、この世界巨人型のひとつです。
「盤古」の神話って、どんな話なの?
中国神話を始めとするアジア圏の神話における天地創造神話は「天地開闢(てんちかいびゃく)」と呼ばれます。
盤古が生まれる前の世界は、天と地が接した、非常に窮屈な世界でした。その狭苦しい世界に生まれた盤古は、毎日成長して背丈を伸ばしながら天を押し上げ、地と引き離していきました。そして、盤古が18000歳を迎えた時、ついに天と地は完全に分かたれ、世界が完成したのでした。
なんともまあ。18000年ですよ、18000年!!たった6日で世界を創造した旧約聖書の神と比べるとなんとも気の遠くなるようなのんびりとした世界創造です。天と地を分離した後、盤古は亡くなりますが、その両目は太陽と月、四肢は大地に、血液は河川、髪の毛は草木に……と、その死体が世界を構成する事物・事象に変化したのでした。
世界を創造した最初の神なのに、司馬遷に無視される
世界を作ったのが盤古なら、時系列を考える限り女媧や伏羲といった三皇五帝は当然その後の時代に登場したことになりますよね?ところが、三皇五帝について『史記』に記述した司馬遷は、盤古のことをまったく書き残していないのです。
確認されている限り、盤古に関する記述として残されている最も古い書物は、三国時代の呉の人であった徐整が書いた『三五歴記』とされています。三皇五帝の記述が残されている司馬遷の『史記』は前漢の時代、同じく三皇五帝に関する記述のある後漢末期の応劭の作『風俗通義』よりも、当然後の時代の作品です。
三皇五帝が誕生する世界を創り出したはずの盤古に関する記述が『三五歴記』以前にはまったく残っていないのは、不思議です。また、盤古とそれ以降に現れた神々との関係も曖昧です。日本の「国生み神話」であれば、伊邪那岐・伊邪那美が国産みを行ったあとに、数々の神々が生まれたことが描かれていますが、盤古の神話には、神々と国が形作られる過程に関する記述がありません。
創造神であるはずの盤古が、なぜこのようなぞんざいな扱われ方をされてしまっているのでしょう?
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盤古の神話は後世の創作?
実は、盤古の天地開闢の神話は、三皇五帝の神話が生まれたよりも後の時代に創られたとする説があります。実は、盤古の神話には古代インドの聖典である『リグ・ヴェーダ』に記述された原始の巨人プルシャに関する記述に非常に類似していることが指摘されています。
他にもミクロネシアのマオリ族の神話や、インドシナ半島の神話との類似性もあるとされます。他の民族の神話との類似性が強いことから、盤古の天地開闢神話は、それの神話が中国に流入した影響で、新しく作り出されたものである可能性が高いとされています。
明代の書物『開辟衍繹通俗志伝』では盤古が斧とノミを使って天と地を切り開き、天地創造を行ったという記述があります。三皇五帝より前の時代に、中華世界を生み出したはずの盤古、実は三皇五帝の神話が創られた以降に新たに生み出された新しい神話だったようです。
張良の始皇帝暗殺計画に加担した盤古? ~盤古にまつわるトリビア~
実際には比較的新しい時代に生み出されたと思われる盤古の天地開闢神話ですが、そのスケールの大きさもあってか、「盤古」という名前はいろいろなところで用いられているようです。そんな「盤古」にまつわるトリビアを最後にご紹介しましょう。
・1912年、ドイツの地球物理学者であったアフレート・ヴェーゲナーが大陸移動説を発表、その中で約二億年前に、地球に存在したとする超大陸に「パンゲア(Pangaea)」という名を与えています。この「パンゲア」の中国名が「盤古」です。「パンゲア(Pangea)」の音訳が「盤古」になることと、盤古の神話の内容にかけた二重の意訳ともいえる名称です。
・後に漢の高祖となる劉邦の重鎮であった人物、張良。彼は若き日に、祖国である韓を滅ぼされた復讐のため、始皇帝の暗殺を試み、失敗しています。
この時、張良は倉海君という人物から、剛力の者を借り受け、彼の投げる重さ120斤の鉄槌で始皇帝を殺そうとしています。高橋のぼるのコミック「劉邦」では、この巨大なハンマーを投げる力士に「盤古」の名を与えています。
・田中芳樹原作のアニメ「銀河英雄伝説」この作品に、自由惑星同盟軍第10艦隊指揮官であるウランフ提督の旗艦に「盤古(バン・グゥ)の名が与えられています。なお、リメイク版アニメ「Die Neue These」では、「ゲシル・ボグド」という名前に変更されていますね。
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三国志ライター 石川克世の推測
なぜ、徐整の『三五歴記』に盤古に関する記述があるのかわかりませんが、もしかすると、『リグ・ヴェーダ』の原始巨人プルシャの物語を知った彼が、「我々の神話でもこういうことがあったんじゃね?」とつい創作してしまった、なんてことも考えられるのかもしれませんね。
世界の神話を見渡すと、実は結構共通点が多いことに驚かされます。人類がアフリカに発祥しそこから世界へと広がっていったのだとすれば、神話も伝承を繰り返しつつ世界へと広がっていき、それぞれの土地で気候風土に根ざした形へと変容していったというのも納得のいく話ですよね。
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