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海音寺潮五郎の小説『孫子』ってどんな作品なの?【はじめての孫子 番外編】

2015年10月14日


 

キングダムと三国志

 

「はじめての孫子」シリーズを読んでいて、こんな風に思われた方もいらっしゃるのではないでしょうか?

『孫子を書いたという孫武ってどんな人物だったの?』

 

現代では孫子の作者であるとほぼ確実視されている孫武ですが、つい50年ばかり前まではその実在すら疑わしいとされていた人物でした。歴史書にも孫武に関する記述は少なく、その詳細な経歴や性格はほとんど知られていません。今回は番外編として、そんな歴史上の謎の人物である孫武を描いた小説、海音寺潮五郎の『孫子』を紹介いたしましょう。

 

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監修者

ishihara masamitsu(石原 昌光)kawauso編集長

kawauso 編集長(石原 昌光)

「はじめての三国志」にライターとして参画後、歴史に関する深い知識を活かし活動する編集者・ライター。現在は、日本史から世界史まで幅広いジャンルの記事を1万本以上手がける編集長に。故郷沖縄の歴史に関する勉強会を開催するなどして地域を盛り上げる活動にも精力的に取り組んでいる。FM局FMコザやFMうるまにてラジオパーソナリティを務める他、紙媒体やwebメディアでの掲載多数。大手ゲーム事業の企画立案・監修やセミナーの講師を務めるなど活躍中。

コンテンツ制作責任者

おとぼけ

おとぼけ(田畑 雄貴)

PC関連プロダクトデザイン企業のEC運営を担当。並行してインテリア・雑貨のECを立ち上げ後、2014年2月「GMOインターネット株式会社」を通じて事業売却。その後、「はじめての三国志」を創設。現在はコンテンツ制作責任者として「わかるたのしさ」を実感して頂けることを大切にコンテンツ制作を行っている。キーワード設計からコンテンツ編集までを取り仕切るディレクションを担当。


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実は画期的な作品だった小説『孫子』

 

海音寺潮五郎の『孫子』は昭和39年(1964年)に発表された長編小説です。「孫武の巻」と「孫臏の巻」からなる、当時としては画期的な作品でした。

 

 

……え?

 

何が画期的なんだ?兵法書『孫子』は孫武がその原形をしたため、孫臏が加筆修正を加えたと、以前自分でそう紹介していたじゃないか?

 

はい、確かにそう説明しています。しかしそれは現代=2015年現在の私達だからこそ普通に持ちうる認識なのです。これも以前ご説明した通り、もともと孫武はその実在を疑われている人物でした。兵法書『孫子』の作者は孫武の子孫と言われる孫臏であり、孫武は伝説上の存在に過ぎない……昔はそう考えられていたのです。しかし、1972年に「竹簡孫子」と呼ばれる文章が発掘され、それが孫武の実在と、彼が兵法書「孫子」の作者であることを裏付ける決定的証拠として「孫子の作者=孫武」という考え方が定着するに至りました。そうです。海音寺潮五郎の『孫子』は、この「竹簡孫子」の発見以前に書かれた小説だったのです。

 

「竹簡孫子」の発見以前に孫武を描いた、海音寺潮五郎の先見の明

 

1972年以前の認識では「孫子の作者=孫臏」が主流でした。そんな時代にあって、海音寺潮五郎は孫臏のみを小説に描くのではなく、孫武を兵法書「孫子」の作者と捉え、その物語を描いたことになります。現代の視点から見れば、それがどれほど画期的であったか、お分かり頂けるでしょう。

 

孫武って、どんな人物だったの?

孫武(ゆるキャラ)

ところで、皆さんは孫武がどんな人物だったと思いますか?

 

三国志やコミック「キングダム」には、古代中国で活躍した様々な武将や軍師たちの姿が描かれています。それらの物語にあって、ある者は勇猛果敢な人物として、またある者は怜悧な策略家として活躍しています。後世の歴史に大きな影響を与えた兵法書「孫子」の作者なのだから、カリスマチックな将軍だったのではないか?

 

あるいは諸葛孔明のような天才的軍師だったのではないか?

普通だったらそう思うところです。

 

しかし、海音寺潮五郎が描いた孫武は、そういったある意味類型的な“古代中国の武将”のイメージとはかけ離れた人物として描かれています。海音寺潮五郎の描いた孫武は、非力で線の細い、冴えないオッサンでした。彼は歴史研究を好み、古戦場を巡っては合戦の研究をするのが趣味でした。しかし、彼自身は合戦を恐れ、自分自身が軍勢を率いて戦場に立つなど想像もしませんでした。

 

家にあっては恐妻家であり、しかも宮中の権力闘争にはまるで興味がない。呉王闔閭(こうりょ)の臣下である伍子胥(ごししょ)の推挙を受けた孫武は数々の実績を挙げますが、醜い権力闘争を目の当たりにして嫌気が差し、ある時きっぱりと身を引いて隠遁生活に入ってしまうのです。

 

兵法書「孫子」から逆算で導き出された孫武のキャラクター

 

前述もしました通り、孫武についての記述は歴史書にもほとんど残っていません。孫武は、三国志のように明確な列伝の残っている人物ではないため、歴史書を参考にキャラクターを構築することができない人物なのです。そこで海音寺潮五郎は、兵法書「孫子」の内容から孫武という人物のキャラクターを逆算的に導き出したといいます。孫武が戦争を恐れ、かつそれを嫌った非好戦的な人物として描かれているのは、まさにそのためだったのです。

 

海音寺潮五郎の描いた孫武は、銀河英雄伝説のヤン・ウェンリーのモデルだった?

 

ところで、これはあくまで余談になりますが。非好戦的で自ら戦場に立つことを望まなかったにも関わらず、歴史的に戦争の天才としてその名前を残す・・・。そんな海音寺潮五郎版の孫武の設定を聞いて、まったく別の小説の主人公を思い出した人もいるのではないでしょうか?

 

そう、田中芳樹作のスペースオペラ「銀河英雄伝説」の主人公のひとり、ヤン・ウェンリーのことです。軍人志望ではなかったに関わらず、好きな歴史研究を学ぶためにやむなく士官学校に入学、やがて戦場で数々の勝利を収めて(本人としてははなはだ不本意ながら)戦争の天才としてその名声を勝ち得ていく……そんなヤン・ウェンリーの姿に、筆者はどうしても海音寺潮五郎版の孫武の姿を重ねてしまいます。銀河英雄伝説の作者である田中芳樹は、作品の登場人物には決まったモデルはいないとしています。しかし、それぞれのキャラクターを創造するにあたり、歴史上の人物を参考にしたのは間違いありません。

 

ヤン・ウェンリーのモデルは諸葛孔明だとする意見も多いようですが、筆者は海音寺潮五郎版の孫武が大きな影響を与えていると強く主張致します(自爆

 

三国志ライター 石川克世の独り言

石川克世

 

ここでは『孫武の巻』に内容を絞って紹介しましたが『孫臏の巻』も、学友に裏切られた孫臏の復讐譚として大変面白い小説です。海音寺潮五郎『孫子』はAmazonなどで今でも入手可能です。「はじめての孫子」で孫武を知ったという方も、これを機会にご一読されてみてはいかがでしょうか?それでは、次回もお付き合いください。再見!!

 

 

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石川克世

石川克世

三国志にハマったのは、高校時代に吉川英治の小説を読んだことがきっかけでした。最初のうちは蜀(特に関羽雲長)のファンでしたが、次第に曹操孟徳に入れ込むように。 三国志ばかりではなく、春秋戦国時代に興味を持って海音寺潮五郎の小説『孫子』を読んだり、 兵法書(『孫子』や『六韜』)や諸子百家(老荘の思想)などにも無節操に手を出しました。 好きな歴史人物: 曹操孟徳 織田信長 何か一言: 温故知新。 過去を知ることは、個人や国家の別なく、 現在を知り、そして未来を知ることであると思います。

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