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三国志時代の軍備・軍事ってどんなのがあるの?

2014年12月12日


 

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三国志 武具 軍備

 

殷時代の合戦は、歩兵と三人乗りの戦車が主流でした。時代が下り、戦国時代になると、趙の武霊王の発案による騎兵の出現により、戦車は時代遅れとなっていきます。

 

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監修者

ishihara masamitsu(石原 昌光)kawauso編集長

kawauso 編集長(石原 昌光)

「はじめての三国志」にライターとして参画後、歴史に関する深い知識を活かし活動する編集者・ライター。現在は、日本史から世界史まで幅広いジャンルの記事を1万本以上手がける編集長に。故郷沖縄の歴史に関する勉強会を開催するなどして地域を盛り上げる活動にも精力的に取り組んでいる。FM局FMコザやFMうるまにてラジオパーソナリティを務める他、紙媒体やwebメディアでの掲載多数。大手ゲーム事業の企画立案・監修やセミナーの講師を務めるなど活躍中。

コンテンツ制作責任者

おとぼけ

おとぼけ(田畑 雄貴)

PC関連プロダクトデザイン企業のEC運営を担当。並行してインテリア・雑貨のECを立ち上げ後、2014年2月「GMOインターネット株式会社」を通じて事業売却。その後、「はじめての三国志」を創設。戦略設計から実行までの知見を得るためにBtoBプラットフォーム会社、SEOコンサルティング会社にてWEBディレクターとして従事。現在はコンテンツ制作責任者として「わかるたのしさ」を実感して頂けることを大切にコンテンツ制作を行っている。キーワード設計からコンテンツ編集までを取り仕切るディレクションを担当。


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三国志時代の武器や防具について

張飛

 

軍備についての話が出てきましたので、ここで、三国時代の武器や防具について少し触れておきたいと思います。

 

一騎打ちは難しい?

騎馬兵 騎馬軍団

 

三国時代には、戦車はすっかりすたれ、歩兵と騎兵が主流になっていました。この時代の馬具は、「当胸」という弓よけがあり、これを馬の胸に垂らしました。鞍は、前後に板があてがわれていましたが、鐙は昇降の時に使用するのみで、通常はついていなかったようです。長い武器を手に戦場を駆け回るのが主戦法で、馬具の機能的に、一騎打ちはあまりできなかったようです。

 

青龍偃月刀は存在しない?

関帝廟 関羽

 

三国時代は、ようやく鉄製武器が一般化され始めた頃でした。細かな細工を施した鉄の武器はまだ実用化されていなかったのです。つまり、有名な関羽の青龍偃月刀も、呂布の方天画戟も、存在しませんでした。

 

強くなる関羽

 

当時主流だった武器は、槍の先端に横向きの刃がもうひとつついた「戟」です。また、接近戦用としては、片刃の刀が主流で、両刃の刀は実戦ではあまり使われず、儀式用として使われていたようです。

 

三国時代の武将達が様々な武器を持っている理由

騎馬兵 三国志

 

ではなぜ『三国志』というと、武将たちが様々な武器を持っているのでしょうか。これは、『三国志演義』の挿絵が描かれた明清時代、古代の武器や防具の資料が乏しかったためです。それでも、古い時代の話であるという雰囲気を大事にしたのでしょう。明清時代よりも少し古い時代である宋の時代の武器や防具を手本にしました。

 

宋江、史進、李逵、魯智深、林冲、武松、楊志(水滸伝)

 

私たちのイメージする『三国志』の武将たちの姿は、実はどちらかといえば、『三国志演義』と同じ中国の小説、『水滸伝』の武将たちに近いと言えるでしょう。

 

英雄の武器特集

 

 

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