【老荘思想の創設者】老子と荘子の二人を分かりやすく解説してみた




老荘思想(ろうそうしそう)

 

諸子百家(しょしひゃっか)の中でも、その独自の哲学的思想で知られる道家(どうか)

道家の思想はいつ、誰によって創始されたものなのでしょうか?

 

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謎に満ちた道家の創始者 老子(ろうし)ってどんな人?

老子(ろうし)道家

 

道家の源流を誰に求めるかは諸説ありますが、一般的には老子(ろうし)という人物が創始者であるとされています。

 

老子は道家(老荘思想)と同じく『道』という概念を中心とした宗教=道教の始祖であるともされています。

老子の出自や履歴については不明な点が多く、現代でもその正体ははっきりとしていません。

 

 

現代でも分からない老子だが様々な説を紹介

 

老子という名前も『偉大な人物』という意味の尊称であるとされており、本名も定かではありません。

一個人ではなく、複数の人物であったとも言われます。

 

老子が生きた時代も諸説あります。

神話時代の人物であったとする説から、孔子の師であったという伝承があることから、

孔子と同時代の人物とする説もあります。

 

司馬遷の『史記』は老子に関する記述が登場する最も古い文献とされていますが、司馬遷は老子の来歴について3つの説を上げています。

つまり司馬遷の時代には、すでに謎の人物となっていたと考えられます。

 

民間に伝承されている老子の出生の話に、彼が母親の左脇の下から生まれたというものがあります。

脇の下から生まれたという話は釈迦の逸話とよく似ています。

 

このことから、老子の道教と仏教の関連性を唱える学者もいます。

 

孔子の愉快な弟子たち『はじめての孔門十哲』
孔門十哲

 

老子が説いた理想の政治とは?

 

老子が書いたとされる『老子道徳経(単に老子とも)』の根幹思想は“無為自然”です。

これは“人間はあるがままに生活するべきだ”という意味で、国家というものもまた、人間が無用なことを知ることもなく、

ただあるがままに生きられることを理想とすべきとしています。

 

人民が政治などというものを意識しないことこそが究極の国家の有り様であり、

他の諸子百家の説くような礼儀や道徳、慈悲や忠誠心といったものは本来無用であるとしたのです。

 

当然、このような考え方は富国強兵のための思想を説いた他の諸子百家とは相容れず、

戦乱の時代であった当時の社会的には、現実逃避的な思索と考えられていました。

 

しかし、時代を経て老子は道教の創始者であり神であると考えられるようになりました。

三国時代に盛んであった五斗米道においては、老子は神格の中でも最も上位に位置する『三清』のひとつと見なされていました。

 

 

荘子(そうし) 蝶になった夢を見た男

 

荘子は本名を荘周といい、戦国時代の中期から後期に生きたとされる、道教の始祖の一人ともされる人物です。

 

老子同様、司馬遷の『史記』にその名を見出すことができますが、詳細なことは書かれておらず、

現代でも荘子が架空の人物であったとする説が存在します。

 

老荘思想はもともと諸子百家の思想の中ではあまり政治向きのものではありませんが、

それでも老子は理想の国家のあり方を説くなど、まだしも政治よりの思想と言えます。

 

しかし、荘子は“無為自然”の考え方を推し進め、人為的な営みを徹底して忌み嫌いました。

荘子によって老荘思想=道家の思想はより浮世離れした哲学的思索へと進んでいったと言えるでしょう。

 

荘子は価値観や物事を測る尺度というものがいかに相対的であるかを説きました。

荘子の思想が顕著にあらわれているとされる有名な説話があります。

それが『胡蝶の夢』です。

 

荘子はある時、自分が蝶になってひらひらと飛び回る夢を見ました。

目覚めた荘子はこう考えます。

 

『はたして、私は蝶になった夢を見たのだろうか?

もしかすると、今の私は蝶が人間になった夢を見ているだけなのかもしれない』

 

荘子は現実というものを人間の思考が生み出す『見せかけ』のものに過ぎないとして、

それらに固執しない自由な境地で生きることを説いたのです。

 

 

現代でも再評価されている老荘思想

 

老荘思想は浮世離れしており、現実逃避的な側面を持つことから『敗者の思想』と呼ばれることもあります。

 

しかし、現代においてその思想は再評価されつつあります

高度情報化の結果、否応なく価値の相対化を体験せざるをえない我々現代人にとって、

老荘思想は極めて説得力を持って響いてくるのです。

 

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