みんな大好きウ◯チの話!三国志時代のトイレ事情




真田丸 家康

 

さて、トイレの様式に種類があったことはお話しましたが、

様式以外にもトイレ習慣について興味深いことが史料からうかがえます。




男女別トイレ

男女別トイレ 引用

(画像出典元:http://news.hexun.com.tw/)

 

出土しているトイレ模型の中に、一つの建物で入口(個室)が二つあるものや、

豚小屋 の両サイドにそれぞれ一つずつあるものがあります。

これは男性用・女性用で分けられたもので、男女がうっかり鉢合わせしないよう配慮したものとされますが、

日本の中世~近世にもあったように肥料利用のため大便用・小便用で分けたものということもありまえます。

諸説あって未だ確証はありませんが、数々の文献から、

前漢頃には人糞を農耕に使っていたのではないかとも言われています。




公衆トイレ

 

漢代以前に編纂された『墨子』には城内の整備として 12 尺(3m 弱)以上の高垣を持つ

「民圂」を作ることを提唱しています。

「民衆のトイレ」という単語からして公衆トイレの ことでしょう。

また城壁沿いに五十歩ごとに一か所トイレ(用の穴)を設置するようにも 推奨しており、

規則違反を犯した人を処刑する代わりにこのトイレ穴を掃除させることで懲罰とするよう提案しています。

今も昔も便所掃除が罰になるのは変わらないようです。

 

貴族の習慣

霊帝

 

上流階級のトイレ模様をあらわす有名な例として、『世説新語』に笑い話が載っています。

それは晋の時代、王敦という将軍が公主を娶り、慣れぬ貴族生活を始めたばかりの頃のことです。

ある時王敦が厠に入ろうとしたところ、ふと見ると乾燥させた棗の実が漆の箱に盛られていました。

実はそれは厠内で臭いを嗅がないよう鼻の穴に入れる鼻栓だったのですが、

貴族の習慣をまだよく知らない王敦は、

それを厠の中で食べるものと勘違いしてすっかり食べつくしてしまいました。

その後王敦が用を足して戻ると、今度は侍女がそれぞれ水を張った金漆のタライと、

高級石けんであった澡豆(生薬や香料を混ぜ合わせたもの)を盛った瑠璃の碗を捧げ持って待っています。

やはり何も分からない王敦は、澡豆を水の中に入れて飲んでしまいました。

並みいる侍女たちはこれを見てたまらず噴き出したそうです。

 

王敦つながりで、石崇のゴージャストイレ

 

石崇は大変な成金趣味 ……もとい派手好みで、

家のトイレに赤い薄布のカーテンを引き、着飾った十人以上の奴 婢を控えさせていました。

奴婢は手にお香と袋を持ち、常に香りを絶やさず、

知らずに入 った人がてっきり石崇の私室と勘違いするほどの豪華絢爛ぶりでした。

更にはトイレを使った人に新しい衣を用意して着替えさせたので、

客人は皆恥ずかしがってトイレを借りるのを躊躇ったそうです。

ところが王敦だけは一切気にせず厚かましく着替えサービスを受けていたと『晋書』に記されています。

王敦の逸話はともかくとして、晋の時代の貴族は、

厠に入る時は乾燥棗で鼻栓をし、後にはちゃんと手を洗うだけでなく、

時に服を替えていたということが分かります。

恐らく 当時はトイレに行くとよく衣が汚れてしまったり、臭いがついてしまったのでしょう。

 

三国志にもトイレネタ

表情 公孫02

 

『三国志』には、懐に入れていた依頼品の印鑑を

うっかりトイレに落としてしまった人の話も載っています。

現代人が携帯を落とすようなものなのでしょうが、

一体どんな格好で用を足していたのか色々想像してしまいますね。

 

トイレットペーパー

(廁)籌 wiki

(画像出典元:wikipedia)

 

当時トイレットペーパー替わりとなったのは「(廁)籌」という木簡あるいは笏のような

ハンディな木の板です。先ほどご紹介した石崇のトイレについて、

別の言い伝えが東晋の 『語林』という書物にも載っているのですが、

そこでは奴婢の持っている錦の袋の中身は お尻を拭くための籌だったと書かれています。

このほか『資治通鑑』梁記・唐記といった史料にこの廁籌(廁簡)という単語が登場しているので、

晋~唐代にはこのトイレットスティックが使用されていたことがうかがえます。

日本でも、書き損じたり廃棄物としてお尻拭きにされた奈良時代の木簡が見つかっていますので、

中国に倣った習慣だったのでしょう。

 

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