【神になった名将対決】劉備三兄弟の一人関羽VS救国の英雄・岳飛 Part.1

2016年5月6日


 

関帝廟 関羽

 

今回は中国の歴史上に存在した武将を選んで対決行いたいと思います。

桃園の誓いや劉備に忠義を尽くした忠臣として有名で、

三国志関連のゲームやアニメでは必ず出てくる有名人。

横浜の中華街に祀られている神様といえば、みなさん知っている関羽(かんう)です。

この関羽に対抗するのが、背中に「尽忠報国」の入れ墨を入れて

国にその身をささげた救国の英雄・岳飛(がくひ)です。

彼も死後神様に祭り上げられた人物です。

今回はこの二人の名将対決を行いたいと思います。

 

人物紹介:岳飛っていったい何者

岳飛

 

まずは定番の人物紹介です。

岳飛っていったいどんな人物なのでしょうか。

 

河南省に生まれる

 

 

岳飛(がくひ)は宋の時代の人物で、現在の河南省に生まれます。

この地は2009年に曹操の墓が見つかった事で一気に有名になりました。

しかし宋の国は全体的に貧困で苦しんでおり、

北方の女真族の圧迫もありかなり厳しい状況でありました。

国内の厳しさとは関係なく岳飛は育ちますが、幼い頃に父が亡くなってしまい、

母親に育てられます。

 

幼少期から武を磨き続ける

 

 

岳飛は幼少期から父の影響もあり、武を磨き続けます。

青年期になると弓矢を両方向に打つことができたそうです。

さらに剣・槍など武芸を磨き続けていきます。

 

連戦連勝の常勝将軍

岳飛

 

岳飛は宋の国内が金軍に蹂躙されることに我慢できず、義勇兵へ参加。

義勇兵時代から一度も金軍に負けたことなく、

彼は南宋に侵入した金軍10万をたった4千の兵で完膚なきまで叩き、

南宋から追い出しています。

その後も金軍が南宋に攻撃を仕掛けてきた時は常に先鋒に立って

金軍を蹴散らします。

 

Round1:どちらが人気なのか対決

岳飛

 

さて岳飛をざっくりと紹介させていただきました。

今回の対決も3回戦で行いたいと思います。

勝利した方には、その人の紹介をしたいと思います。

さて今回最初の対決はどちらが人気なのか対決です。

先行は岳飛さんからお願いします。

 

スーパーチート将軍

岳飛

 

彼は金国と戦えば負け知らずの常勝将軍でした。

また人望もあり、南宋の民衆達やほかの将軍から人気があり、

そのうえ教養も備わっておりました。

そして読み書きが上手で、文章を作ることにも秀でていたそうです。

まさに光武帝に次ぐチート将軍ですね。

 

岳飛を謀略にはめた二人

 

 

こんなチート人間を妬ましく思っていた人物が二人いました。

一人は盗賊上がりで義勇軍の将・張俊(ちょうしゅん)です。

彼は自分よりも功績を挙げ続けているうえ、

何をやらせても自分より優れている岳飛に嫉妬しておりました。

もう一人は南宋の宰相である秦檜(しんかい)です。

彼は金に莫大なお金を払って和解すれば、

戦の無い平和な世の中を実現できると考えておりました。

そのため、自分の理想を遂げるためには、

連戦連勝を続ける岳飛が邪魔でした。

二人は岳飛を除く事で一致団結します。

そして岳飛に無罪の罪を着せて牢屋にぶち込みます。

 

岳飛を謀殺し、金と和睦

 

 

岳飛は捕らえられた後、すさまじい拷問を幾度も受けます。

しかし岳飛はこの拷問に屈せず、自分の無罪も主張しませんでした。

そして秦檜は岳飛の罪状(岳飛になんの罪もないのだが)を作り、

彼と彼の息子である岳雲(がくうん)を殺害。

こうして強硬な主戦論者を除いた事で、金と和睦することになります。

 

冤罪が晴れ民衆は彼を神として祀る

岳飛

 

こうして岳飛は無罪の罪によって処断されてしまいます。

その後岳飛の罪が無罪だということが分かると、

江南の民衆は彼を神として祀ります。

また岳飛を陥れた南宋の宰相であった秦檜と張俊が正座をしている

像を岳飛の像の前に作ります。

そして昔の中国の人々は秦檜と張俊の像に唾を吐きかけていた風習が、

残っていたそうです。

この風習は、現在禁止されております。

また中国の人は歴史に詳しくない若い女の子でも、

岳飛の名を知っているほど、超絶な人気を誇っています。

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-はじめての変, 執筆者:黒田廉
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