広告募集
ビジネス

はじめての三国志

menu

三国志の雑学

【実録】三国志の時代のショッピングは命がけだった?

この記事の所要時間: 455




董卓紙幣

 

貨幣が登場して、私達の生活は便利になり、

ショッピングという新しい娯楽も誕生する事になりました。

それは、三国志の時代でも同じですが、当時は今と違い、

ショッピングもかなり大変だったようです。

そこで今回は知られざる三国志の時代のショッピングの様子を

見ていこうと思います。




三国志の時代の人は、貨幣を背負って買い物していた?

村人 ショッピング

 

私達は、誰でも財布というものを持っていて、

その中にお金やカード類を入れて持ち歩いています。

しかし、三国志の時代、財布というものは殆ど存在しませんでした。

 

当時の貨幣は、五銖銭と言い、一枚の重さは3・35g、

その後加工するのでおおよそ3グラムの重さを持っていました。

この五銖銭ですが、当時の人々は、これを単独で保有していたのではなく

1000枚単位で紐を通して肩に担いで使用していました。

 

五銖銭を1000枚で一貫という単位になるのですが、

単純計算でも、その重さは3キロにもなります。

スーパーで買えるお米を背負っている感覚になり、

長時間背負うのはかなり骨が折れたでしょう。

 

三国志の時代には、男も女もかなりの力持ちだったのです。




そんな大量の五銖銭を背負っていた理由は?

森 卵 s

 

では、どうして、当時の人々は、

そんなに大量の五銖銭を持ち歩いていたのでしょうか?

必要な分だけ、持ち歩けば楽なのに、そう疑問を持ちますよね?

 

実は、同じ頃の古代ローマ等と違い、当時の中国で流通している

硬貨は五銖銭、一種類のみでした。

そう、五銖銭を超える高額通貨というものが存在しないのです。

現代に例えれば、すべての買い物を100円玉で済ます事を

イメージして頂くと分りやすいでしょう。

 

もし、数万円分の買い物をするのに、硬貨が100円だけだったら

そりゃあ、財布には入りませんよね?

三国志の時代の人々が財布を持ち歩かないのは、つまり、

銭が多すぎて、最初から財布が役に立たないからなのです。

 

大変過ぎ、本格的な市場は、遥かに遠い場所にあった。

当時の市場は、列肆(れつし)と言い、

県という行政単位に一つ程度が普通でした。

しかし、実際の行政単位は、それよりも細かく分かれていて、

県の下には郷という単位があり、郷は、里という単位が

いくつか集まり成立していました。

 

里は、100戸名単位で500名余りが生活していましたが、

当然、ここに住所を持つ多くの人の周辺には、

市場は無かったという事になります。

 

そうなると、里に住む人は、ショッピングになると、

えっちらおっちら、時には、泊りがけで県の市場まで、

小さな旅行をする事になりました。

 

例えば、後漢の時代、白米は1石(漢の一石は17キロ)で、

400銭程しました、これも物価の変動があるので、

いつでもこの価格ではありませんが、

それでも、五銖銭を1000枚持っていき半分使う事になります。

 

当然、家人が多ければ2000~3000銭持って行ったかも

知れないので、銭の重量は10キロを超えるという事にもなりました。

 

つまり遠い県の市場へは頻繁には通えないので、

ある程度まとめ買いをする必要があり、

それが大量のお金を背負うという形になり出現してきたのです。

 

関連記事:三国時代の経済ってどうなってたの?

関連記事:始皇帝が中国統一後、なんで中国全土を巡幸したの?全巡幸をストーキングしてみた

関連記事:マジですか?始皇帝が半両銭に込めたメッセージに震える・・

 

購入した商品は手押し車などに乗せて帰る

旅 三国志

 

同時に購入した大量の商品は手押し車などに乗せて、

持って帰っていたようです。

今風に言えば、自家用車で郊外の大型ショッピングセンターに行き

一週間分の食料をまとめ買いするような感覚かも知れません。

 

もっとも、政府非公認の小さな市場も、坐賈(ザコ)と呼ばれ

里の外側で開かれる事はありました。

これは、店舗を構えず、露天で座って行う商売なのでこう呼ばれます。

日常生活に必要な物資は、手軽にそこで買えたのですが、

商品の質が悪かったり、乱暴な人間が多いなどで、

本格的なショッピングでは市場を利用していたようです。

 

すべてに値札が貼られている良心的な店

さて、県に造られていた市は、四方を城壁に囲まれた空間で、

民家とは別に存在していました。

入口が存在し、時間では閉じるなど、ちゃんと行政の監視が入り

不正が行われないようにされていたようです。

 

すべての商品には木製の値札を吊るすよう法律が定められ、

買う人はこれを参考に、値下げ交渉などをしていました。

 

また、市場は通りごとに、衣類や食料品、酒屋などと纏まって

存在していて、値段の上下を比べるのが簡単というメリットもあります。

 

劉邦

 

これらの商店と顔馴染みになると、ツケもきいたであろう事は、

漢の高祖劉邦(りゅうほう)が、無名時代に地元の二軒の酒屋で、

ツケで酒を飲んでいたという故事から分かり、商売のルールを守る以上は、

かなり快適なショッピングが楽しめたようです。

もっとも、重い五銖銭を背負いながらですが・・

 

関連記事:劉邦(りゅうほう)ってどんな人?百姓から頂点を極めた漢の建国者

関連記事:中国三大悪女に名を連ねた劉邦の妻・呂雉(りょち)とはどんな人?とても怖い実話

関連記事:【素朴な疑問】三国志の時代にも居酒屋ってあったの?

 

大変、市場で強盗傷害事件が発生!!

ヤンキー曹操

 

しかし、このような市場はお金が集まるという性質上、

犯罪とも無縁ではありませんでした。

三国志の時代より前のキングダムの時代には、

市場での強盗傷害事件の記録が残されています。

 

「秦王政の6年、(紀元前241年)の六月、女子の婢(下僕の事)が、

秦の首都、咸陽の最里(さいり)で襲われ、銭を強奪された。

 

婢の供述によると、盗まれたのは1200銭、(半両銭だと重さ約3キロ)

市場からの帰り道に雨が降っていたので傘をさして歩いていると、

後ろから突き飛ばされ、気がつくと銭が無くなっていたという。

 

婢が大声で泥棒!!と叫ぶと、近くに住む女子、齔(しん)が飛んできて、

『大変!あなた背中にナイフが刺さっているわ』と言った。

婢はそこで初めて、自分が刺された事に気がついた。

 

すぐに警察が呼ばれて、現場検証と婢の手当てが行われた。

凶器のナイフは刃渡り20センチと大型だったが、

刺された場所が急所から外れていて婢の命に別条は無かった。

犯人の目撃者は、今の所、現れていない・・」

 

事件は、地道な聞き込み捜査の結果、市場を毎日ぶらぶらしていた

不良青年の孔という男が逮捕されましたが、彼は偽装工作で

事件を商人の仕業に見せかけるという小細工までしていました。

 

市場は便利でしたが、このように危ない事件とも隣り合わせ

だったりもしたようです。

 

三国志ライターkawausoの独り言

kawauso 三国志

 

三国志の時代のショッピングは、現在のように、ただ楽しいだけでなく、

持ち歩いている銭が重かったり、犯罪に巻き込まれたり、

市場がかなり遠かったりと、色々な不自由があったようです。

 

商店街が、県の一区画ではなく、里の中にも登場するのは、

唐の時代を待たないといけませんでした。

今でも、まとめ買いは大型ショッピングセンターを

何回も往復するなど、結構大変だったりしますが、

当時の大変さに比べると、まだマシだと言えるでしょう。

 

本日も三国志の話題をご馳走様・・

 

 




よく読まれている記事

曹操01

 

よく読まれている記事:曹操を好きになってはいけない6つの理由

 

朝まで三国志

 

よく読まれている記事:朝まで三国志 三国志最強のワルは誰だ(笑) 第1部

kawauso 投壺

 

関連記事:三国時代の娯楽にはどのようなものがあったの?タイムスリップして当時の人に取材してみた

 

袁紹 曹操

 

よく読まれてる記事:【三国志if】もし袁紹が官渡の戦いで曹操に勝ってたらどうなってたの?

 

この記事を書いた人:kawauso

kawauso

■自己紹介:

どうも、kawausoでーす、好きな食べ物はサーモンです。
歴史ライターとして、仕事をし紙の本を出して大当たりし印税で食べるのが夢です。

もちろん、食べるのはサーモンです。

関連記事

  1. 【匡亭の戦い】曹操が黄巾百万を降した奇跡が袁術の関東統一のチャン…
  2. 【故郷を愛した英雄】曹操は故郷が大好きで仕方がなかった
  3. 歴史上の最強の弓の使い手は誰?太史慈?李広?源為朝?立花宗茂?
  4. リアルな正史三国志の特徴って?ってか正史三国志は需要あるの?
  5. 十面埋伏の計とはどんな作戦?倉亭の戦いで程昱が発案した最強の伏兵…
  6. 【シミルボン】これは凄い!非常に我慢強い英雄、曹操
  7. 【シミルボン】バカっぽい?酒を煮て英雄を論ずは、もう少し知的だっ…
  8. 領土割譲という大事件、三国成立は魯粛の目論見?

google検索フォーム

過去記事を検索できます

ピックアップ記事

おすすめ記事

  1. 織田信長の父・「尾張の虎」こと織田信秀の前半生に迫る
  2. びっくり!五丈原の戦いの戦費、現在で換算すると、なんと○○円!
  3. 皇帝には、二つの名前があった!?諡号(しごう)とは何?
  4. 魏の2代目皇帝・曹叡(そうえい)はいったいどんな仕事をしていたの?
  5. 司馬朗(しばろう)とはどんな人?司馬懿でさえ頭が上がらない偉大な兄の生涯
  6. 馬超が曹操に仕えていたらどうなったの?馬超vs関羽の軍事衝突の可能性も!

三國志雑学

“広告募集"

はじめての三国志の書籍情報

朝まで三国志 三国志最強のワルは誰だ (桃園出版 三国舎)

著:kawauso 価格480円
※Kindle読み放題対応

ピックアップ記事

おすすめ記事

乱世の奸雄・曹操の初陣はどんな戦いをしてたの? 伏皇后問題が荀彧の死の原因か!我が子房・荀彧の死因に迫る! 実は鐘会はマザコンだった!人生を狂わせた母の愛 合肥の英雄・張遼も曹操並の人材集めに必死だった!? 竹林の七賢とは何をしている人たちなの?成り立ちなどをわかりやすく解説 【三国志あるある】懐かしい!と思った人は40代!昭和では当たり前だった三国志事情 【怪しげな宗教団体】どうして多くの民衆が太平道に参加したの? キングダム強さランキング、誰が強いか議論で決めようぜ!

おすすめ記事

  1. 秀吉&官兵衛、大助かり、湿地帯の高松城は簡単に水攻めできた?
  2. 王允(おういん)ってどんな人?中華を救うべく董卓暗殺に成功するも…残念な結末を迎える
  3. 郤正(げきせい)とはどんな人?蜀のポンコツ皇帝を支えた文学者
  4. 秦の始皇帝はどんな顔をしていたの?政はユダヤ人だった?
  5. 潘璋(はんしょう)とはどんな人?素行や勤務態度は悪いけど呉の最強武将
  6. 荀攸(じゅんゆう)ってどんな人?同族の荀彧の影に隠れた才能
  7. 曹彰(そうしょう)とはどんな人?勉強嫌いだが、武を磨いて将来を期待された曹操の4男
  8. 三国志を楽しむならキングダムや春秋戦国時代のことも知っておくべき!

はじさん企画

帝政ローマ
広告募集
HMR
ライフハック
君主論

ビジネス三国志
春秋戦国時代
日常生活
曹操vs信長
架空戦記
ライセンシー
北伐
呂布vs項羽
編集長日記
はじめての三国志TV
PAGE TOP