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曹爽に魏の政権を握るための策謀を図る
何晏は曹爽に魏の政権を運営してもらうため、他の側近達と共に司馬懿を魏の政権の中心から追い出す謀略を計画します。その計画とは司馬懿を何の実権も持たない太傅(たいふ)に任命するように斡旋。司馬懿は曹爽の罠であるとわかっていてもあえて太傅の位を受けた後、高齢であった事から政権から身を退きます。
曹爽の時代がやってくる
曹爽は政敵・司馬懿が政権を退くと自らの好きな事をやりたい放題行います。しかし司馬懿が本当に病なのかを確かめさせるため、側近の一人に見舞いに行かせます。そして側近の一人が帰ってくると曹爽に「司馬懿はよだれを垂らしながら、飲み物を飲んでおり、こちらの言っていることもほとんど聞こえておりません。司馬懿の病は本当の事でしょう。」と述べます。曹爽はその言葉を聞くと大いに納得し、何晏らの側近らと色々な悪事を働いていきます。何晏は自分の知人を政権に参画させ、自らの権力強化を行います。こうして天下を握ったような行いをしますが、長くは続きませんでした。
司馬懿のクーデター
曹爽は皇帝・曹芳と共に首都を離れていきます。何晏も曹爽についていくことになります。この時病であったはずの司馬懿は、曹爽達が首都を離れた事を聞くとすぐさま兵を集めて城門を閉じて曹爽達が帰って来られないようにします。曹爽や何晏らは首都に入れない事を知ると、司馬懿から「降伏するなら爵位を剥奪するだけで許してやる」と説得。曹爽らはこの言葉を信じて司馬懿に降伏しますが、自宅監禁を命じられます。しかしこの自宅監禁は食物を買いに行くことすら許されない厳しい処罰でした。こうして数カ月の間、自宅監禁されることになりますが、宦官が「曹爽らが謀反を企てていた」と証言したことにより処断されてしまいます。もちろん何晏らも曹爽と同罪であり、処断されてしまいます。
三国志ライター黒田廉の独り言
何晏は文学面や哲学面では大いに彼は能力を持っていた人物でしたが、自分をかっこいいと思い込んでいるナルシストでした。彼は外に出かける際には白粉をして出かけ、常に手鏡を持っていたそうです。また自分の影が崩れるからと言って、影を踏まないように歩いていたそうです。
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