呂布特集
if三国志




はじめての三国志

menu

執筆者:kawauso

子玉(しぎょく)って誰?三国志にも名前が出る楚の猛将・成得臣




基礎知識 馬謖02

 

三国志の時代の人は、古典から教養を得ているので、よく古代の話を、

例え話として出してきます。

街亭で敗北しさらに逃亡を企てて、処刑された馬謖(ばしょく)についても、

その処断について、諸葛亮孔明(しょかつ・りょう・こうめい)の部下である

蒋琬(しょうえん)が、子玉に掛けて惜しんでいますが、そもそも、

子玉(しぎょく)とはいつの時代の人なのでしょうか?

 

はじめての三国志全記事一覧はこちら

関連記事:【悲報】泣いて馬謖を斬る!は嘘だった?馬稷の死は敗戦の責任のみでは無かった!?




紀元前7世紀の楚の猛将 成得臣

成得臣 子玉

 

子玉とは、字でフルネームは、成得臣(せいとくしん)子玉といい、

三国志を遡る事800年、紀元前7世紀の楚の成王に仕えた猛将で

令尹(れいいん)まで出世した人物です。

令尹とは、秦における丞相を意味し家臣たるものが登れる最上位です。

成得臣は武勇に秀でていますが、楚人らしく感情が激しく粗暴で、

ちょっとした事でキレる困った所がありました。




晋の文公が楚に亡命してくる

重耳

 

紀元前640年、放浪の貴公子である晋の重耳(ちょうじ)が楚に亡命してきました。

国の後ろ盾もなく、各地でバカにされてきた重耳ですが、

困難を乗り越えて自身も成長し部下との絆も固くなっていました。

 

楚の成王は、一目みて重耳がただものではないと見抜き、

対等関係の諸侯として遇して歓待しました。

 

重耳が成王に

 

「乱れた晋を救いたいので、私が晋に帰ったら

バックアップしてくれますか?」

 

と尋ねると、成王は快諾します。

 

そして冗談半分に成王は、、

 

「その代わりにあなたは何をしてくれる?」と重耳に聞きました。

 

すると重耳は、

 

「戦場で楚軍とまみえたら、三舎退きます」と答えます。

 

一舎は、一日に軍隊が行動できる距離で重耳は楚軍に遭遇したら

3日分軍隊を下げて恩義に報いると言ったのです。

 

手加減すると言われた子玉は文公を斬ろうとする

炎 s

 

しかし、三舎引くには、手加減するという意味もありました。

その話を聞いていた誇り高い子玉は、腹を立てます。

 

「王よ、重耳は楚を侮辱しました、すぐに斬るべきです!」

 

ですが、子玉の気性を知っている成王は、それを宥めて、

重耳をおとがめなしにしました。

 

子玉、陳を破り、宋の襄公を辱めて令尹に昇る

 

紀元前637年、今まで楚に従っていた小国の陳が宋に通じて、

寝返る事件が起きます。

子玉は、即座に兵を起こして、陳を撃破しました。

さらに、当時、覇者に一番近い存在だった宋の襄公(じょうこう)が会盟を催して

中原の覇者になろうとすると、子玉は儀式の途中で襄公を拉致し、

宋国内を蹂躙して暴れまわり、襄公の面目を潰します。

これにより襄公は、遂に覇者になれませんでした。

 

一方の子玉は一連の手柄で、一族の子文(しぶん)に替わり、

令尹に昇ります。

 

得意絶頂の子文に蔿賈が苦言を出す

ろうそく f

 

子文は彼の出世を祝い、成王の前で演習を行う時にも、

子玉に花を持たせようと訓練を朝で終わらせ、兵士を一人も処罰しませんでした。

一方の子玉は、一日中演習を行い、兵士七名を鞭打ち、三名を殺しました。

楚の臣は、子玉の有能さを褒めたたえ、子文を慶賀します。

ところが、重臣の蔿賈(いか)だけは、何の祝いもしませんでした。

子文が不思議に思うと蔿賈は言いました。

 

「何を浮かれておいでですか?子玉を令尹に推したのはあなたですぞ。

もし、子玉がしくじれば、あなたも責任を問われますよ、

そもそも、子玉は表面は勇壮ですが、我が強くて礼儀を知らず

民を治める事など出来ません、もし、戦車三百輌以上を与えて

他国を攻めたら生きて戻ってこれますまい」

 

この話は、人づてに子玉の耳にも入ります、子玉は立腹し、

必ず、手柄を立てて蔿賈を見返してやると決意します。

 

紀元前632年 成王、子玉と共に中原を攻めるが・・

祁山、街亭01

 

紀元前632年、楚の成王は、令尹の子玉を伴い、長江を越えて、

中原の諸国を攻めますが、その頃、晋に帰り文公に即位した重耳が、

援軍を出してきたので、兵を引こうとします。

 

すると子玉が、それを諌めました。

「ここは何としても文公と雌雄を決すべきです」

 

ところが、状況の不利と文公の強かさを知っている成王は

乗り気ではありません、子玉は激しく感情を昂ぶらせ、

 

私は何も手柄が欲しいのではなく、

あの蔿賈めにかつて侮られた恥を雪ぎたいのです」と言います。

 

成王、子玉の私利私欲に呆れ、彼を放置して去る

 

それを聞いた成王は呆れます、国の命運を左右する戦に、

かつて侮辱された恥を雪ぎたいという私情を交える

子玉のバカさ加減にです。

 

「ならば、軍は預けるから勝手にするがいい」

 

成王は、子玉に兵を預けて自分は楚に帰ってしまいました。

【次のページに続きます】




ページ:

1

2

関連記事

  1. 15話:神をも畏れぬ暴虐非道後漢をブッ壊した独裁者・菫卓
  2. 【これは悲しすぎる】今や忘れさられた袁術の墓
  3. 陳平 決して褒められぬ悪の華!三国志に登場する暗殺者6選
  4. はじ三の生き字引!kawausoが読者の疑問に答えます
  5. 被害妄想で怯える韓馥 韓馥(かんふく)とはどんな人?三国志一被害妄想が激しく袁紹に怯え…
  6. 孟嘗君 【時代の先導者】父に嫌われていた孟嘗君・田文は○○がきっかけで父…
  7. 北伐を結構する孔明 孔明の北伐はノープランだった!?北伐の意図は何だったの?
  8. 呉の孫権 合肥(がっぴ)むかつく!孫権が合肥攻略にこだわる理由とは?

google検索フォーム

過去記事を検索できます

ピックアップ記事

  1. 亡くなる上杉謙信
  2. 黄巾賊を撃退する太史慈
  3. 劉備とサンタクロース
  4. 裏切りそうな悪い顔をしている明智光秀
  5. 薩摩藩の島津義弘
  6. 呂蒙のお見舞いにかけつける陸遜
  7. 榎本武揚

おすすめ記事

  1. 潼関の戦いを勝利に導いた鍾繇その隠れた功績を紹介 文臣の最高官位に登る鍾繇(しょうよう)
  2. 曹操の人材登用法が魏国の安定をもたらす!能力主義者・曹操の二段構えの政策とは?
  3. 【孫武の名言】「将、軍に在りては君命をも受けざるところにあり」っていつ言ったの? 孫武(ゆるキャラ)
  4. 70話:孫権、父(孫堅)の弔い合戦を始めるよ。黄祖討伐編 孫権 弔い出陣
  5. 三国志演義が詳細に描く諸葛孔明の病状とはどんなモノ?
  6. 二つの中国はどうして出来た? 台湾問題を三国志で分かりやすく解説するよ

三國志雑学

  1. 3000人の配下で孔明の庵を包囲する武闘派な劉備
  2. 呉の孫権
  3. 袁家をイジメる董卓
“はじめての三国志150万PV" “はじめての三国志Youtubeチャンネル" “広告募集" “誤字・脱字・誤植などの報告フォーム"

はじめての三国志 書籍情報


著:kawauso 価格480円
※Kindle読み放題対応

ピックアップ記事

  1. 黄巾の乱に巻き込まれる若し頃の程昱(ていいく)
  2. 魔のトリオ攻撃が劉備を追いつめる
  3. 大久保利通 幕末
  4. 李牧

おすすめ記事

【大三国志 攻略1】ついに始まった中国韓国で大ヒットしている戦略RPGの三国志 はじめての三国志 画像準備中 史上最強の交渉術を備えた縦横家ってどんな人? 袁術と袁紹の喧嘩 【そもそも論】どうして袁紹や袁術には力があったの? 明智光秀 麒麟がくる 明智光秀の生い立ちを辿ってみよう 篤姫 篤姫はなぜ人気がある?大河ドラマヒットの法則 後藤又兵衛(後藤基次)はどんな最期を遂げるの? 荒れる黄河 明智光秀の治水が現在でも残っていた?福知山市で行われていた治水事業 魏の旗をバックに戦争をする郭淮は魏の将軍 郭淮は本当に病弱じゃなくてムキムキマッチョな将軍だった!?

はじさん企画

“if三国志" 英雄の死因 “三国志とお金" “はじめての漢王朝" “はじめての列子" “はじめての諸子百家" “龍の少年" “読者の声" 袁術祭り
李傕祭り
帝政ローマ
広告募集
まだ漢王朝で消耗してるの?
HMR
ライフハック
君主論

ビジネス三国志
春秋戦国時代
日常生活
曹操vs信長
架空戦記
ライセンシー
北伐
呂布vs項羽
英雄の武器 編集長日記
はじめての三国志TV
“曹操孟徳" “黄巾賊" “赤壁の戦い" “THE一騎打ち" “夷陵の戦い" “kawausoのぼやき記事" “よかミカンのブラック三国志" 英雄の墓特集 誤字・脱字・誤植などの報告フォーム
“西遊記"

“三国志人物事典"

PAGE TOP