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執筆者:黒田廉

日本の戦国時代はどうして起きたの?原因をざっくりと解明

この記事の所要時間: 238




張角歴史の表舞台に登場(マジックショウ)

 

後漢末、政治の乱れによって国が乱れることになります。

そして張角(ちょうかく)を筆頭とした黄巾賊が反乱を

起こしたことによって地方の豪族達が割拠することになり、

三国志の時代へと流れていくことになります。

 

甲 f

 

さて日本の戦国時代はどうやって成立することになったのか。

ここでは日本の戦国時代の成立をわかりやすくご紹介していきたいと思います。

 

はじめての三国志:全記事一覧はこちら

関連記事:張角(ちょうかく)ってどんな人?太平道を創始した男の悲しい人生




戦国時代に突入した理由その1:幕府の腐敗

足利義政 wiki

 

日本の戦国時代の幕開けとなるきっかけとなったのは二つの理由からです。

一つ目の理由は足利幕府の権力衰退が原因です。

当時の足利幕府の将軍は足利義政(あしかがよしまさ)という人物ですが、

彼は各地の守護大名家が内部で争い始めている現状を無視していたのが原因です。

ですが初めから彼はポンコツではなく、

将軍職に就任した当初は各地の守護大名家の争いを治めようと東奔西走しておりました。

しかし彼が将軍の権威を使って各地守護大名の内紛を治めようとするとある人物が

横から口出ししてきます。

その人物の名は細川勝元(ほそかわかつもと)という人です。

勝元は幕府の中で将軍の次位の地位にあたる管領(かんれい)と言われる地位を授かっている

家で、将軍の命令を受けずにある守護職の内紛を鎮めてしまいます。

この事を知った義政は勝元へ「僕が将軍なのになんで勝手に裁定をくだしちゃうの」と述べます。

勝元はイラっとして「では私は管領の職をやめますので、

あとは勝手にやってください」と言って管領職を辞任しようとします。

この事を知った義政は慌てて「そんなことを言わないでよ」と引き止め、

彼にそのまま管領の職にとどまってもらいます。

しかしその後も勝元が将軍を無視する行為や義政が守護大名の内紛の鎮定に乗り出そうとすると

必ず横から口を挟んでくるので彼はやる気を無くしてしまい、

各地の守護大名の内紛に口を挟まなくなってしまいます。

その結果、各地の守護大名の内紛は激化していくことになるのです。




戦国時代に突入した理由その2:二大勢力の対立

細川勝元 wiki

 

足利将軍が守護大名の内紛に目を向けなくなった為、

各地の守護大名家の内紛は激化していくことになったことが、

戦国時代に突入することになった原因ですが、戦国時代へ突入した原因はもう一つあります。

それは上記で登場した細川勝元と山名宗全(やまなそうぜん)との権力争いです。

彼らはともに足利将軍家では有力な大名で協力体制にありましたが、

細川家が巨大化していく山名家の勢力を削ろうとしたことがきっかけで、

両家の溝は深まっていくことになります。

この両者の対立が深まり抜き差しならない状態になってしまったため、

両家は味方の大名を引き連れて戦いが勃発することになります。

 

長期化する戦い

山名・細川両家は京の都で熾烈な争いを繰り広げます。

京の南部では細川家が優勢でしたが、

北部では山名家が優勢でありなかなか決着がつかない状態が続きます。

そのため京の都では民家は燃えてしまい、寺院なども焼失してしまいます。

このような状況が反転する機会が山名家に訪れます。

中国地方の周防(すおう)から大軍を率いて大内家が西軍に参戦。

その結果兵力差は逆転し東軍へ猛攻を仕掛けます。

東軍は細川家の家に立てこもって必死に防戦を行ったおかげで、

なんとか西軍の攻撃を打ち払うことができました。

だが兵力差は広がるばかりで、逆転の目処は立たない状態でした。

さらにこの両者の戦いは洛中だけでは留まらずに洛外へと広がっていき、

各地で西軍に属している守護大名と東軍に属している大名が争いを始めることになります。

 

両雄の死

炎 s

 

その後も両軍は決定的な勝利を見出すことができないまま

いたずらにダラダラと戦闘を継続しておりました。

そんな中、西軍の総大将である山名宗全が病に倒れてなくなってしまいます。

細川家ではこのまま両軍が戦い続けても意味がないと考えており、

西軍との講和の機会を伺っている最中に宗全死すとの情報が入ります。

細川家はこのチャンスを逃すまいと一気に講和へと推し進めていきますが、

細川家の当主である勝元も疫病によってあっさりなくなっていしまいます。

この両雄がなくなったことで、細川・山名両家は講和をすることになり、

長期化していた戦に幕が下ろされることになるのです。

 

戦国ライター黒田廉の独りごと

黒田廉

 

こうして細川・山名両家の戦いは集結しますが、各地では彼らの講和にしたからといって

戦がなくなるわけではありませんでした。

各地での戦は激しさを増していくことになり、

部下が上司に反乱を起こして領地を乗っ取る事件が多発し、

戦国乱世が始まっていくことになるのです。

もし山名・細川両家がしっかりと将軍を補佐していればこんなことにはならなかったでしょう。

三国志の後漢や足利幕府、徳川幕府等も長い間政権の維持は出来ないという事が

歴史で証明されているのではないのでしょうか。

 

真田丸に関する記事一覧:真田丸全記事

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黒田廉(くろだれん)

黒田廉(くろだれん)

投稿者の記事一覧

横山三国志を読んだことがきっかけで三国志が好きになりました。
その後の日本史・中国史を学びました。
またいろいろな歴史小説を読んでおります。
現在はまっている歴史小説は宮城谷昌光氏の劉邦です。

歴史人物:

張遼、孟嘗君、張作霖など

何か一言:

今年も頑張ってはじさん盛り上げていくにゃー!!

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